2026年9月28日月曜日

泡盛にもバブルがあった あの「泡波」の今

 

 焼酎ブームという現象がありました。2000年代前半頃の話です。

 魔王とか森伊蔵などの有名所の芋焼酎を筆頭に、一部の本格焼酎(乙類)にとんでもないプレミアがついた、まさしく焼酎バブルの時代です。

 
 期せずして、そのバブルに参戦してしまった泡盛があります。

 波照間酒造所の泡波です。




 2005年頃の話。

 島で数百円の3合瓶の泡波が、石垣島で4千円、那覇で1万円、東京だと2万円などと言われていました。。

 銀座に今でもある沖縄料理店で、3合瓶19,800円というのを目撃したことがあります。
 本当かどうかは分かりませんが、東京では、一升瓶10万円説もありました。


 醸造元の波照間酒造には、「なんでこんなに高い値段で売るんだ」と苦情が来たこともあったそうですが、醸造元が高く売った訳ではなく、買った人が、勝手に高値を付けて転売しただけです。


 もっとも、そのほかのプレミアム焼酎も、ほとんどは醸造元の販売価格とは関係なく、転売ヤー達が値段がつり上げただけです。




 泡盛も米焼酎の一種ですが、泡盛自体はばかげた焼酎ブームに煽られることはなかったのですが、その中で唯一、泡波が高値を付けてしまいました。


 原因は、ブームに便乗して、面白おかしく書いた旅行ガイド誌の影響と思われます。

 「工場が小さいので生産量が少なくほとんど島内で消費されるため幻の泡盛と言われている。」 

 ほとんど島内で消費されていたことは事実ですが、幻ではありません。



 「幻の泡盛。生産量が少なく島でも普段はあまり飲まないのでお祝い用にとっておくそう。民宿によってはひとなめサービスしてくれるところもある。」

 に至っては、フェイクです。島の人は普通に呑んでいました。



 泡波は島人の酒です。ところが、バブリィな値段になった泡波を観光客が必至に買い集め、島外に持ち出す。

 そうするとリターナル瓶である3合瓶や一升瓶を回収できなくなる。酒造所にとっては、迷惑なブームでしかありませんでした。


 そこで観光客向けに、持ち帰り用として100ml瓶の泡波を販売し、それを買いやすくするため、島の売店に置く。

 そんな地道な努力もあって、泡波は、「幻の泡盛」から「ちょっと入手しづらい泡盛」に落ち着いて行ったのです。



 
 泡波は新酒しかありません。製造量が少なく、古酒として保存しておく量が確保できないからだそうです。

 しかし、泡盛は、瓶詰め後も熟成を続けます(詳しくはこちら)。

 これは、勝手に古酒になった貴重な泡波コレクションです。100ml瓶ではありますが。

 写真の左から古い順です。



 並び順間違っていないかって?

 間違ってはいないのです。左から17年.12年・16年・19年(ちょっと見にくいですが)と並んでいます。

 以前は、元号で表記されていたので、一番左の瓶は平成17年、すなわち2005年詰めなのです。

 まさに泡波バブルの真っ只中の時のものです。

 3合瓶で19,800円だとすると、100ml瓶に換算すれば約3,700円。その20年古酒ですぞ 笑




※ 新着記事は、X(Twitter) と Facebookでお知らせしています。

※ スマホでご覧の方へ
    最下欄の「ウェブ バージョンを表示」をタップしてウェブ バージョンに切り替えると、過去記事の検索などの機能が使えます。

2026年9月21日月曜日

沖縄で出会ったファンタスティックな人達 Ⅳ

 

 今回はちょっと重い内容であり、匿名だとしてもブログに書ける話ではないと今まで思っていたのですが、あり得ないような偶然の出来事から記事にすることにしました。

 久々、「沖縄で出会ったファンタスティックな人達」シリーズの第4弾です。




 石垣島の宿に一人で泊まっていたのは、23歳の看護師の女性でした。看護婦から看護師へと名称が変わってまだ間もない頃の話です。


 彼女は、4年制大学の看護学科を卒業し、正看護師として都心の大病院に就職しました。

 配属された病棟の先輩看護師達は、ほとんどが専門学校卒で、准看護師からの叩き上げ組もおり、4大卒の彼女は、病院からは期待された人材でしたが、実際の仕事場では何となく浮いた存在でした。


 加えて彼女は、小柄で童顔ながら魅力的な容姿で男性の目を引きやすく、病棟に1人だけいた男性看護師が彼女に馴れ馴れしく接し、それが苦痛であったばかりでなく、そのことが女性看護師達の目には苦々しく映り、二重に彼女を苦しめます。

  

 医師と看護師の間には、仕事関係だけではなく、人間関係にも上下があるとか。

 今はどうなのか分かりませんが、当時病院には、医師を頂点とした、まるでカースト制があると言われていました。

 しかも、職場には未婚の女性がワンサカといる。そういった立場を利用し、一部の医師はよからぬことを考えます。

 もっとも、看護師の中にも、一攫千金玉の輿を狙って、学究肌で世俗に疎いタイプの医師に、プライベートな関係で近づこうとする者もいたらしいのですが。


 彼女の場合は、まだ社会経験も人生経験も乏しく、その上、職場でのプレッシャーもあって心に不安を抱えていたため、優しげに振る舞う遊び慣れた医師の格好のターゲットとなり、あっという間に男女の関係になってしまいます。

 医師との逢瀬を重ねる間は、仕事の辛さも忘れ、それなりに充実した日々を送っていたのですが、その手の噂が病院内を駆け巡るのは光の速さ。

 「あの子は赴任してきて3か月でもう・・・!」という話を知らぬ者は病棟内にいなくなり、手慣れた医師は、面倒なことになる前にサッサと彼女のもとを去って行きました。


 彼女に同情する仲間もいたのですが、「自業自得」と陰で嘲笑する者も多く、もともと精神的に不安定だったところ、徐々に仕事に変調を来すようになります。

 病棟の看護師長は、業務に重大な支障が出る前に、彼女を負担の少ない外来看護への配転を模索しました。


 夜勤のない外来は、看護師には人気の職場で、妊娠中や子育て中の人が優先的に配属されるのですが、病棟看護師からは、「新卒のくせに、遊んでおいて振られたから外来に行けるのはおかしい」という不満の声が強く、それが本人の耳にも入ります。

 せっかくの師長の配慮でしたが、結果として彼女をさらに追い詰めます。



 晩秋の11月終わりのことでした。
 
 その日彼女は、日勤を終え、帰途についたはずでしたが、その日の夜、病院から100㎞以上も離れた海で、腰まで水に浸かりながら歩いているところを発見され、保護されたのでした。


 就職以来、職場の人間関係に悩む娘を気にかけていた両親でしたが、このことがあって病院に怒鳴り込みます。

 病院も事態を重く見て、副院長による調査が行われ、件の医師も事情を聞かれました。

 病院は、本人と両親に詫びを入れ、給与賞与全額支給の療養休職1年という特別な扱いとします。

 

 休職中、寮を出た彼女は、実家に戻ります。
 しかし、家に閉じこもりがちな娘を心配した両親は、旅に出てはどうかと勧めます。

 当初はあまり乗り気ではなかったようですが、「知っている人がいない遠い街に行ってみたい。」と言い出した彼女の旅先は石垣島に決まりました。

 石垣島には、彼女の姉の友人がおり、何かあったらその人が連絡するということで、その友人の紹介で石垣島の宿に1週間ほど滞在することになったのです。


 自分は、たまたまその時同じ宿に泊まっていました。

 免許を持たない彼女に石垣島の案内をするよう、宿の人を介して頼まれ、その際、若い女の子に向かって余計なことを言い出さないよう、あらかじめ上記のいきさつを聞かされたのでした。


 


 あれから20年。仕事で行った団体の事務所で突然声を掛けられました。

 「・・・さんですよね?」「は、はい。」

 あの彼女でした。



 長年島旅をしていると、ウソ!マジ?と叫びたくなるような偶然があります。

 小さな離島で会った人が、実は地元の隣駅の住人だったとか、八重山の民宿で一緒だった人と3年後に離島桟橋で会ったとか、宿で知り合った人と帰りの飛行機が同じで、席も前後の並びだったなど、世の中狭いとしか言いようのないことがありました。

 中でも今回の彼女との再会は、レベル5クラスの偶然です。何しろ20年ぶり。しかも、こちらは忘れていたのに向こうが覚えていてくれたのです。


 「石垣島楽しかった。海がきれいだった。河口近くで小さなカニやハゼを見たのをよく覚えている。あれから気持ちが変わった。石垣島に行って本当に良かった。」

 
 その後病院を退職し、一時は俗に言う夜職も経験しましたが、その後は資格を活かして福祉施設で働いているとのこと。

 併せて、諸事情で困窮する若い女性を支援するNPO団体で、ボランティアをしているのだとか。

 

 多くは聞けませんでしたが、辛い過去の経験を糧にして、今同じような境遇の人の支援に廻っている。

 そして、若しかしたら、石垣島のあの海をみたことがターニングポイントになったかも知れない。

 そう思うと、どうしてもブログで紹介したくなりました。ドラマのヒロインみたいな人が、世の中には本当にいるのです。
 
 

※ 新着記事は、X(Twitter) と Facebookでお知らせしています。

※ スマホでご覧の方へ
    最下欄の「ウェブ バージョンを表示」をタップしてウェブ バージョンに切り替えると、過去記事の検索などの機能が使えます。

2026年9月13日日曜日

宮古島の軽めの話題




 宮古創世の神を祭る漲水御獄(はりみずうたき)。

 ここには、神の使い・・・かどうかはともかく、「神ネコ」さんが棲んでおられます。

 神ネコだけに、以前から態度がデカイ大きめでいらっしゃるのですが、この日はどちらにおられるのでしょうか。



 じゃじゃ~ん!

 大胆不敵に賽銭箱の上で寝てる。




 それにしても、なんでわざわざこんな場所で?




 全国何処に行っても物価高ですが、観光客値段の宮古島では、更に凄いことになっています。

 今年の夏は雨が多かった沖縄では、ゴーヤーが不作だったそうですが、観光客向け料理にはどうしても欠かせないということで、一時びっくりぽんな値段で売られたそうです。

 ゴーヤーは、沖縄を代表する夏野菜ですが、放っておいてもいくらでもできちゃうもの。たまたま一時的に不作でも、晴天が戻ればすぐに豊作になるはずです。
 内地では丸々太ったゴーヤーが、本場より遥かに安い値段で売られていたのですが。


 内地では、ラーメン千円の壁問題がありますが、宮古そばも、千円以下のものを探すのはもはや難しくなっています。





 島の駅の食堂で絶賛お勧めされた、ミーバイの粗汁。

 ミーバイは、沖縄では高級魚とされています。確かに旨かったのだけれど、旨いのは汁。刺身用に身を取った残りを煮込めば、いくら高級魚とは言え、味はもう分かりません。

 B~C級グルメですが、これで定食1500円。う~ん。




 極めつけはこちら。

 空港ターミナル内で売っていたジューシーのおにぎり。こんな小さいのが2コ入っているだけで450円。

 いくら何でも、高杉君です。 





 こちらは、一般向けの不動産物件情報誌ですが、



 「売ホテル」4億5千万円。
 



 買ったことないから分かんないけど、ホテルって、ホテル事業ごと営業譲渡するのが普通なんじゃないのですか。

 不動産情報を見て、「あっ、ホテル売ってる。宝くじ当たったから買っちゃおうかな」という人がいるのでしょうか。

 


 物価が高いこととは関係ないと思いますが、9月8日の下地島17ENDは、何時にも増して訪れる人が多く、路駐の列がこんなに凄いことになっていました。 




 それにもかかわらず、この日は台風の影響でこの時期にしては珍しく強い北風が吹き、お目当ての17END方向からの飛行機の着陸とは相成りませんでした。





※ 新着記事は、X(Twitter) と Facebookでお知らせしています。

※ スマホでご覧の方へ
    最下欄の「ウェブ バージョンを表示」をタップしてウェブ バージョンに切り替えると、過去記事の検索などの機能が使えます。