那覇の国際通り。相変わらず多くの観光客で賑わっていました。
沖縄旅行ガイドに書かれないことはあり得ないという、沖縄随一の繁華街ですが、賑わっていた分、コロナでは壊滅的な打撃を受けました。
あれから5年以上経過し、元の姿に戻ったのでしょうか.
コロナ真っ只中の2020年7月、国際通りでは約80軒もの店舗が閉店・休業に追い込まれたとされます。
那覇市は、コロナ禍によって「観光客中心の業態」の脆弱性が明らかになったと説明していました。
2022年。緊急事態宣言が終わり、通りには人が増えましたが、閉店して廃墟のようになってしまった店が多数ありました。
翌2023年。シャッターの下りたままの店がまだかなり残っていました。
あれから3年。今年の10月、前よりも復活していますが、牧志駅に近い方には、まだまだシャッターが下りたままの店が残っているようです。
国際通り沿いにあった沖縄三越。
百貨店としては2014年に閉店し、ビルの低層階に飲食店などが入っていましたが、いよいよ取り壊し工事に入ります。
沖縄建設新聞によれば、跡地に建つ予定の新しいビルは13階建で、2031年の開業を目指します。
3階から13階はホテルで、1・2階は商業施設となり、海外ブランドを中心とするファッション・雑貨・化粧品店などが並ぶそうです。
これを読んで、脱力しましたよ。
なんで、あの国際通りで、こんな日本中何処にでもあるような、ありふれた発想しか出てこないの?
国際通りは、ホテルの立地条件としてはかなり悪い場所です。何しろ渋滞が激しく、車で近寄るのは大変です。歩行者天国になる時間帯もあります。
それでは裏道を抜ければいいかというと、周辺の道路は、センターラインもない生活道路がほとんどです。
しかも、ゆいレールの美栄橋駅や牧志駅から歩くと10分近くかかります。
ここは、荷物を置いてからブラブラするのに適した街なのです。
いまさら、海外ブランドを中心とするファッション・雑貨・化粧品店などが並ぶと言われて、わくわくする人はいるのでしょうか。
蓋を開けたら、テナントは、○○良品とか、お値段以上とか、何とかバックスコーヒーだったりして。
国際通りは、那覇市の中心と首里を結ぶ道路として、戦前の1934年に開通し、当時は新県道と呼ばれていました。
沖縄戦で米軍の激しい攻撃を受けましたが、戦後間もなくの1948年、高良一さんという人がここに映画館を開設し、米軍の許可が得られやすいよう、「アーニーパイル国際劇場」と名付けます。
アーニーパイルとは、伊江島の戦闘で死亡した、アメリカの従軍記者です。
娯楽の少なかった当時、映画館には多くの人が殺到し、通りにはそれを当て込んだ店が次々に開業していき、闇市を形成していきました。
翌1949年、来沖したアメリカの新聞記者が、そのあまりに早い復興ぶりを見て、「奇跡の1マイル」と呼んだことで話題になりました。
その後も通りは、戦争で荒廃した那覇経済を牽引し、当時から車の渋滞が問題にされるほどだったそうです。
本土復帰後は、通りにも観光客が増え、商店も観光客向けの土産物店などに替わって行きます。
三越が閉店してからは、地元民はほとんど足を向けなくなり、闇市を起源とした小さな店は徐々に淘汰され、観光客相手の大規模店、特に、外国人向けの店が増えていきます。
そうした事情もあって、普通の商店街と比べ、コロナからの復活に時間がかかっているのだと思いますが、復興の早さから奇跡の1マイルと言われた国際通りでは、何とも皮肉なことです。
ジャングリアは、親会社が官民ファンドなどから80億円を超える出資を受けて建設されましたが、初年度は89億円の赤字で、公庫から30億円のつなぎ融資を受けたと報じられています。
ジャングリアが面白いとかつまらないとか、待ち時間が長いとか短いとかいう以前に、「テーマパークを作れば北部観光の起爆剤になる」とかいって誘致した発想自体の是非が、問われるのではないでしょうか。
宮古島に次々と建った高級リゾートホテル。各部屋にプール付きというのも珍しくありませんが、あんな綺麗な海があるのに、小さなプライベートプールは要らないと気付いた人は、多分リピーターにはなりません。
国際通りには、例えばオリオンビール直営のビアレストランなんかどうでしょうか。
それも、オシャレな高級店ではなく、「毎日行けるオリオンビアフェスト」みたいな、お祭り騒ぎ感が国際通りに似合うと思うのですが。
起爆剤とは、元々僅かな熱や衝撃で爆発を起こすものです。
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