2026年3月2日月曜日

沖縄の「ゆいレール」 現在・過去 未来は? Ⅲ

 


 沖縄都市モノレール・ゆいレールは、開業からまもなく23年を迎えようとしています。この間、利用客は増加し、一部編成の3両編成化や首里から先の延伸も果たしました。

 運行本数も以前に比べて増えました。

 開業以来の累積赤字の解消も、3年後を見据えています。


 今や、那覇市民にとっても観光客にとってもなくてはならない存在となったゆいレールですが、この先明るい未来はあるのでしょうか。




 ゆいレールは、こんなに曲がりくねっています。

 用地の取得費を抑えるため、可能な限り道路や河川などの公共用地の上に建設されたからです。

 起点の那覇空港駅から終点のてだこ浦西駅まで、全長約17㎞。
 途中に追い越し施設がないので快速の運転はありません。全列車各駅停車です。

 駅数が19と多いこともあって全線の所要時間は38分です。

 一方、同じ区間を車で走ると12.6㎞、Google先生によれば、通常時の所要時間は約30分だそうです。


 また、列車の定員は2両編成で約160人です。定員数の多い3両編成も一部導入されていますが、25編成中4編成に止まっています。

 鉄道のメリットである、速達性、大量輸送性という点で、ゆいレールは今ひとつ中途半端だと言わざるを得ません。




 ゆいレールがこの先目指すのは、パーク&ライドです。

 ゆいレールの終点のてだこ浦西駅は、沖縄自動車道に隣接しています。

 名護や本部など、北の方から車で来た人が、てだこ浦西駅に車を駐めてゆいレールを使ってくれると、那覇市内の渋滞緩和に寄与します。

 また、美ら海水族館や恩納村方面に行く観光客にも、ゆいレールでてだこ浦西駅まで行って、そこでレンタカーを借りてほしいところです。


 もともと、ゆいレールは、那覇市内の交通渋滞緩和のために構想されたものですから。




 ですが、ここでもゆいレールの遅さがネックです。

 渋滞さえなければ車の方が早いとなれば、面倒なパーク&ライドなんかしないで、そのまま目的地まで車で行ってしまおうと思う人は多いはず。

 まして、50m先でもタクシーに乗ろうかどうか真剣に考えるなどと言われる県民性を考えればなおのことです。

 観光客にしろ、大半は大きな荷物を抱えているので、空港に着いたらすぐにレンタカーに乗りたいと思う人の方が多いのではないでしょうか。



 これはゆいレールに限った話ではありませんが、将来車の自動運転が普及すると、鉄道の役割は、都市部の大量輸送か新幹線のような長距離輸送に特化するとされています。

 ただでさえ車社会の沖縄にあって、そのどちらでもないゆいレールの立ち位置は微妙です。



 結局のところ、あまり大風呂敷を広げることなく、那覇・浦添市民と那覇に滞在する観光客のための短距離輸送にこぢんまりと貢献する、それが、ゆいレールにとっての生き残る道のような気がするのですが、いかがでしょうか。

 



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2026年2月23日月曜日

沖縄の「ゆいレール」 現在・過去 未来は? Ⅱ

 


 ゆいレールは、2003年に開業した沖縄で唯一の鉄軌道路線です。

 ですが、昔は沖縄にも鉄道が走っていました。

 大正時代に、首里周辺に路面電車が開業し、その後、糸満や与那原にも馬車鉄道が開業しています。

 一方、沖縄県営鉄道もこの時期に開業しています。


(沖縄総合事務所HPより)


 しかし、戦争で鉄道施設は大破し、終戦後、アメリカの占領統治下で鉄道が復活することはありませんでした。


 もし、終戦後も沖縄がアメリカの統治下におかれなかったならば、鉄道の復旧は当然あり得たでしょう。

 延伸や複々線化が行われたかも知れません。

 もしかしたら、那覇駅から特急「美らうみ号」に乗って海洋博記念公園駅まで1時間、なんてことになっていたかも。

 車内販売では、コーヒー、さんぴん茶、オリオンビール、ブルーシールアイスクリームが売られ、駅構内には、立ち食い沖縄そば屋が・・・


 残念ながら、それは適いませんでした。残っていた線路も撤去され、鉄材として朝鮮戦争の軍事物資として活用されてしまいました。


(沖縄県教育委員会HP)


 完全な車社会となった沖縄でしたが、経済が回復するにつれて道路の渋滞も激しくなり、再び鉄道を、という声が大きくなっていきます。

 本土復帰の1972年には、新しい交通システムの導入を検討することとされました。

 ところが、そこから長い道のりを辿ります。一番の障害となったのは、バス会社との調整です。
 モノレールが出来れば確実に客を奪われるバス会社は、なかなかウンと言ってくれません。

 1994年になってようやくバス会社と調印、その後1996年に軌道特許取得、用地所得を進め、1999年着工、2002年試運転の開始、そして2003年8月悲願の開業を遂げるわけです。


 そんな戦後の沖縄でも、実はひっそりと鉄道は走っていたのです。それは、那覇から遥か離れた、ちょっとあり得ないような場所でした(その鉄道とはこちら)。








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2026年2月17日火曜日

沖縄の「ゆいレール」 現在・過去 未来は? Ⅰ

 

 今年の夏が来れば、開業23年となる沖縄都市モノレール、「ゆいレール」。

 でも、ほとんどの人にとっては、「ゆいレールって20年ちょっと前までなかったの?」という感想だろうと思います。

 それほど定着し、今や那覇市民や観光客にとって、なくてはならない存在となったゆいレール。

 しかし、そんなゆいレールに明るい未来はあるのでしょうか。




 ゆいレールがなかった時代を知っているオッサンとしては、ホントに便利になりましたよ、といか言いようがありません。


 当時那覇空港では、飛行機到着に合わせて、タクシーが何百台と待機していました。ですが、タクシー乗り場には、長蛇の列。

 タクシーは乗るのに時間がかかるためです。

 かと言ってバスは使えない。道路渋滞に加え、大きな荷物を持った観光客の乗降に手間取るため、歩いても行けそうな距離に2~30分かかるのも日常茶飯事。

 宮古島や石垣島に行く時に那覇で前泊したくても、結構大変だったのです。

 
(開業当時のチラシ)
 

 ゆいレールは、沖縄唯一の鉄軌道路線です。

 那覇空港駅・てだこ浦西駅を結ぶ全長17㎞のミニ路線で、開業は、2003年の8月。2019年に首里駅・てだこ浦西駅間が延伸されました。

 僅か17㎞の間に駅が19もあります。

 車両の車体長は、13m・14mと小型でかつ2両編成、定員は165人。一部の編成が最近3両編成へと増強されています。

 ちなみに、JRや大手私鉄の車両は18m~20m、路線バスが12m程度なので、電車というより大型のバスが繋がって走っている感じですかね。


 駅間が近いことやカーブが多いことからスピードは出ません。全て各駅停車で、駅数も多いことから、全区間17㎞を38分かけて走破することになります。

 

 一方、高所を走るため眺望は良く、その点は、観光客のみならず地元民にも好評です。

 また、普通の電車と違ってゴムタイヤなので、勾配に強いのも特徴です。

 古島駅から約57‰(パーミル:1000m当たりの標高差)の上り坂が続き、最急勾配は、儀保駅 ・ 首里駅間の60‰です。

 一般的な鉄道は、国交省の基準で最大35‰とされていることからも、ゆいレールの強みが分かると思います。






 開業前、ゆいレールは赤字になるとの見方もあったのですが、当初の想定よりも利用客が増加、インバウンドのおかげもあって順調に推移し、路線の延伸や一部編成の3両編成化も成し遂げました。

 ご多分に漏れずコロナで苦戦。2020年に赤字転落し、以来4年間赤字が続きましたが、2024年度に5年振りに黒字転換。

 昨年2月に値上げをし、初乗りが230円になりましたが、その効果もあって、2025年度は5億8千万円の黒字となりました。

 累積債務も2029年度に解消を目指すそうです。


 一見、順調そうに見えるゆいレール。ですが、果たしてこの先に明るい未来が開けているのでしょうか。





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