今回はちょっと重い内容であり、匿名だとしてもブログに書ける話ではないと今まで思っていたのですが、あり得ないような偶然の出来事から記事にすることにしました。
久々、「沖縄で出会ったファンタスティックな人達」シリーズの第4弾です。
石垣島の宿に一人で泊まっていたのは、23歳の看護師の女性でした。看護婦から看護師へと名称が変わってまだ間もない頃の話です。
彼女は、4年制大学の看護学科を卒業し、正看護師として都心の大病院に就職しました。
配属された病棟の先輩看護師達は、ほとんどが専門学校卒で、准看護師からの叩き上げ組もおり、4大卒の彼女は、病院からは期待された人材でしたが、実際の仕事場では何となく浮いた存在でした。
加えて彼女は、小柄で童顔ながら魅力的な容姿で男性の目を引きやすく、病棟に1人だけいた男性看護師が彼女に馴れ馴れしく接し、それが苦痛であったばかりでなく、そのことが女性看護師達の目には苦々しく映り、二重に彼女を苦しめます。
医師と看護師の間には、仕事関係だけではなく、人間関係にも上下があるとか。
今はどうなのか分かりませんが、当時病院には、医師を頂点とした、まるでカースト制があると言われていました。
しかも、職場には未婚の女性がワンサカといる。そういった立場を利用し、一部の医師はよからぬことを考えます。
もっとも、看護師の中にも、一攫千金玉の輿を狙って、学究肌で世俗に疎いタイプの医師に、プライベートな関係で近づこうとする者もいたらしいのですが。
彼女の場合は、まだ社会経験も人生経験も乏しく、その上、職場でのプレッシャーもあって心に不安を抱えていたため、優しげに振る舞う遊び慣れた医師の格好のターゲットとなり、あっという間に男女の関係になってしまいます。
医師との逢瀬を重ねる間は、仕事の辛さも忘れ、それなりに充実した日々を送っていたのですが、その手の噂が病院内を駆け巡るのは光の速さ。
「あの子は赴任してきて3か月でもう・・・!」という話を知らぬ者は病棟内にいなくなり、手慣れた医師は、面倒なことになる前にサッサと彼女のもとを去って行きました。
彼女に同情する仲間もいたのですが、「自業自得」と陰で嘲笑する者も多く、もともと精神的に不安定だったところ、徐々に仕事に変調を来すようになります。
病棟の看護師長は、業務に重大な支障が出る前に、彼女を負担の少ない外来看護への配転を模索しました。
夜勤のない外来は、看護師には人気の職場で、妊娠中や子育て中の人が優先的に配属されるのですが、病棟看護師からは、「新卒のくせに、遊んでおいて振られたから外来に行けるのはおかしい」という不満の声が強く、それが本人の耳にも入ります。
せっかくの師長の配慮でしたが、結果として彼女をさらに追い詰めます。
晩秋の11月終わりのことでした。
その日彼女は、日勤を終え、帰途についたはずでしたが、その日の夜、病院から100㎞以上も離れた海で、腰まで水に浸かりながら歩いているところを発見され、保護されたのでした。
就職以来、職場の人間関係に悩む娘を気にかけていた両親でしたが、このことがあって病院に怒鳴り込みます。
病院も事態を重く見て、副院長による調査が行われ、件の医師も事情を聞かれました。
病院は、本人と両親に詫びを入れ、給与賞与全額支給の療養休職1年という特別な扱いとします。
休職中、寮を出た彼女は、実家に戻ります。
しかし、家に閉じこもりがちな娘を心配した両親は、旅に出てはどうかと勧めます。
当初はあまり乗り気ではなかったようですが、「知っている人がいない遠い街に行ってみたい。」と言い出した彼女の旅先は石垣島に決まりました。
石垣島には、彼女の姉の友人がおり、何かったらその人が連絡するということで、その友人の紹介で石垣島の宿に1週間ほど滞在することになったのです。
自分は、たまたまその時同じ宿に泊まっていました。
免許を持たない彼女に石垣島の案内をするよう、宿の人を介して頼まれ、その際、若い女の子に向かって余計なことを言い出さないよう、あらかじめ上記のいきさつを聞かされたのでした。
あれから20年。仕事で行った団体の事務所で突然声を掛けられました。
「・・・さんですよね?」「は、はい。」
あの彼女でした。
長年島旅をしていると、ウソ!マジ?と叫びたくなるような偶然があります。
小さな離島で会った人が、実は地元の隣駅の住人だったとか、八重山の民宿で一緒だった人と3年後に離島桟橋で会ったとか、宿で知り合った人と帰りの飛行機が同じで、席も前後の並びだったなど、世の中狭いとしか言いようのないことがありました。
中でも今回の彼女との再会は、レベル5クラスの偶然です。何しろ20年ぶり。しかも、こちらは忘れていたのに向こうが覚えていてくれたのです。
「石垣島楽しかった。海がきれいだった。河口近くで小さなカニやハゼを見たのをよく覚えている。あれから気持ちが変わった。石垣島に行って本当に良かった。」
その後病院を退職し、一時は俗に言う夜職も経験しましたが、その後は資格を活かして福祉施設で働いているとのこと。
併せて、諸事情で困窮する若い女性を支援するNPO団体で、ボランティアをしているのだとか。
多くは聞けませんでしたが、辛い過去の経験を糧にして、今同じような境遇の人の支援に廻っている。
そして、若しかしたら、石垣島のあの海をみたことがターニングポイントになったかも知れない。
そう思うと、どうしてもブログで紹介したくなりました。ドラマのヒロインみたいな人が、世の中には本当にいるのです。
※ スマホでご覧の方へ
最下欄の「ウェブ バージョンを表示」をタップしてウェブ バージョンに切り替えると、過去記事の検索などの機能が使えます。














