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2024年1月20日土曜日

今宵も三線弾いて唄って踊って 沖縄と音楽 Ⅱ

 


 三線とは、14~15世紀頃中国から伝わったとされます。東南アジアのニシキヘビの皮が使われることから、本土では「蛇皮線(じゃびせん)」と呼ばれていましたが、「さんしん」が正しい呼び方です。
 (沖縄県HP 「沖縄の音楽」)


 14世紀末頃、明から、久米三十六姓と呼ばれる人達が琉球へ派遣されました。

 久米三十六姓とは、学問や航海などを司る職能集団で、久米村(現在の那覇市久米)に定住したことから、このように呼ばれています。

 三十六姓といっても、36人だった訳ではなく、大勢という意味だそうですが、この人達が、中国の三弦という楽器をその奏法と共に伝え、それが三線のルーツになったと言われています。


 今でも高級な三線にはニシキヘビの皮が使われますが、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)のため、養殖された物が使われるそうです。

 何処でニシキヘビを養殖しているの~ というツッコミはともかく、その一方で、終戦直後の物資不足の時は、空き缶に弦を張った、カンカラー三線もありました。





 沖縄音楽の特徴は、レパートリーが少なく、一団の沖縄定番ソングが、至る処で、三線で弾かれまくって、唄われまくって、流れまくっていることです。

 そして、もう一つ特徴的だと思うのは、地域差があまりなく、広い沖縄の何処でも同じようなことをしていることです。


 本島と八重山では三線の種類が違うとか、宮古ではあまり三線が好まれないみたいな話は聞いたことがありません。

 曲だって、島によって演奏される曲がガラッと違っても良さそうなのに、そんなこともありません。むしろ、こんな例もあります。


 沖縄民謡として最も有名だと思われる「安里屋ユンタ」は、竹富島の古謡でした。

 18世紀竹富島に実在した、絶世の美女安里屋クヤマに、琉球王府から来た下級役人が現地妻になれと言ったが、クヤマはそれを断った、という話を面白おかしく唄ったものです。

 元々は農作業中に歌われた労働歌で、ユンタとは結い唄から来ているそうです。結いとは、小さな集落のことです。


 1934年に「安里屋ユンタ」を基に改詞・編曲された、新「安里屋ユンタ」が沖縄中で流り、今では竹富島でも新「安里屋ユンタ」が普通に唄われています。



 言葉の違いは、文化の違いだとよく言われますが、沖縄は島によって言葉が違います。

 「ようこそ」という意味の沖縄方言(島言葉・うちなーぐち)は、「めんそーれ」ですが、これは本島の言葉で、宮古島では「んみゃーち」となり、石垣島では「おーりとーり」と、似ても似つかない言葉になります。

 同じく、「ありがとう」は、「にへーでーびる」、「だんでぃがだんでぃ」、「みーふぁいゆー」なのです。


 音楽も当然文化ですが、言葉だとこれほどまでに違うのに、音楽は何処でも同じというのは面白いですよね。


 民謡とは、民衆の、労働・儀礼などの集団の場において自然に発生し、伝承されてきた歌(デジタル大辞泉)です。
 「安里屋ユンタ」は、まさに民謡でした。

 ところが、沖縄県のHPによれば、「昔からある曲以外に、次々に新作が生み出されていることも、沖縄の民謡の特徴の一つです。」ということで、なんかテーゲーな。笑





 以前、ペンションぱいらんどのおばぁから聞いた話ですが、「三線が弾けて踊りができれば、女が一人でも生きて行ける。子供の頃母親からそう言われて、三線を習った。」そうです。

 おばぁが子供の頃とは、終戦直後のアメリカ占領下の時代です。

 三線演奏は、貧しく、苦しく、かつ、男社会の中で生きていくために、身につけておくべき芸だったのかも知れません。

 そんなおばぁも、おばぁの娘も孫達も、今では皆、楽しく三線を弾いて唄っています。



 沖縄で三線を弾いて唄うと言っても、神に奉納する伝統行事から、宴会の余興までボーダレスです。

 沖縄県のHPには、こうも書かれています。

 「琉球古典音楽は、限られた人達のための音楽でしたが、一般の人達が広めた民謡は、三線の伴奏にのり、暮らしの中に溶けこんでいきました。そして、現在も多くの人に歌われています。」



 沖縄と音楽という切り口で書き始めたのですが、今、よく耳にする沖縄の音楽とは、音楽そのものに特色があるというよりも、即興の伴奏と共に皆で楽しく唄うことに意味がある、つまり音楽は、楽しく過ごすためのツールであるということなのではないでしょうか。

 だからこそ皆が知っている曲、唄いやすい曲、伴奏しやすい曲が好まれ、定番ソング化していったのだと思います。


 そんな雰囲気が我々観光客にも伝播して、本当はよく分からない「安里屋ユンタ」や「芭蕉布」を聞いて、唄って、何だか楽しい気持ちになる、そんな気がしてきました。




P.S.

 今回の記事は、読者の方からのリクエストによるものですが、これはブログ開始以来初めてのことです。

 今まで、身内からのリクエストやヒントで記事を書いたことはあったのですが、今回はお初の方からメールをいただきました。

 音楽好きな方で、三線や沖縄音楽について、特に竹富島で奏でる三線について熱く語られていました。

 その上で、「沖縄と音楽」についてブログ記事を書くようにリクエストをいただいたのですが、楽器が弾けず、もちろん三線も弾けない自分には、音楽を語ることはほぼ無理でしたが、「沖縄で聞く」音楽については、日頃色々感じていることがあったので、記事にしてみました。

 振り返ってみると、音楽に関する記事はほとんどなく、かつて、竹富島のクヤマと安里屋ユンタについて書いたのがほとんど唯一で、しかも、2014年、つまり10年前のことでした。

 この記事は、多分リクエストの趣旨には適っていないとは思うのですが、今まで気が付かなかったテーマで記事を書くことが出来ました。ありがとうございました。



P.P.S.

 ついでに、「ブログに酒ネタ多いですかね」と聞いてみたら、「多いです」とのことでしたので、少し反省 ・・・

 しません。笑




※ 沖縄県のHPはこちら。


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2024年1月15日月曜日

今宵も三線弾いて唄って踊って 沖縄と音楽 Ⅰ

 



 石垣島にあったペンションぱいらんど。

 夕食時には必ず、お客さんと宿の人がゆんたく。しばらくすると、おじぃ・おばぁが、三線を弾き始め、皆で唄って最後はカチャーシーを踊って・・・

 宿にお客さんがいる限り、一年中毎日繰り返される光景でした。


 沖縄の旅を続ける中で、沖縄の人は本当に三線が好きなんだな、音楽が好きなんだなと常々感じているのですが、今回は、そんなことを少し書かせてもらおうと思います。




 三線(さんしん)は、弦が三本の弦楽器です。内地の三味線と似た楽器で、沖縄三味線などと言う人もいます。

 諸説あるようですが、中国の三弦という弦楽器が起源で、奄美や沖縄に伝わったものが三線で、内地に伝わったものが三味線になったようです。



 それにしても、沖縄の人は本当に三線を弾いて唄うのが好きです。

 石垣港の離島桟橋を夜散歩していると、どこからともなく三線の音色と歌声が聞こえて来たりします。

 昼間、海を臨むちょっとした休憩所、四阿でも同じようなことがよくあります。普通の集落で、おじぃが家の縁側や庭の木陰で三線を弾いているなんてことも。

 墓前で三線を奏でることも普通にあるそうです。


 
 それなりの規模の街には、必ず民謡酒場があります。

 それは、三線ライブハウスというような立派な設備を備えている所もありますが、ただ小さなステージがあるだけ、という所も堂々と民謡酒場を名乗ります。

 演者が唄いながら、客の周りを歩いて回る店もありました。

 客は、観光客だけかと思いきや、意外にも島の人も飲みに来るのです。


 そして、最後は皆でカチャーシーを踊るのがお約束。

 カチャーシーは、テンポの早い曲に合わせて、皆で踊ることですが、頭上で手を振りながら進んでいくだけなので、誰でも見様見真似で踊れます。

 ちなみに、カチャーシーとは、かき混ぜることを意味する島言葉の、かちゃーすから来ているとのこと。頭の上で手を振ることが、かちゃーすしているように見えるからだそうです。 


 冒頭紹介した、ペンションぱいらんどのように、泊まれば必ず三線弾いて唄う宿は、最近は少なくなりましたが、それは、島の人が経営する民宿などの個人宿が減っているからで、三線が下火になった訳ではありません。

 はいさいおじさんで有名な喜納昌吉氏は、かつて参議院議員も勤めたのですが、初登院の際、三線を弾きながら入場するパフォーマンスを演じ、衛士に止められたというエピソードがあります。

 昨年、台風で飛行機が欠航し、お客さんが3日ほどホテルに閉じ込められるはめになったのですが、宮古島のホテルでは、慰労のための三線ライブ演奏会をしたそうです。




 三線好きに加えて、もう一つ、沖縄音楽で特徴的だと自分が思うのは、その曲が限られていることです。

 つまり、様々な曲がバラエティー豊かに演じられるわけではなく、レパートリーが広くない、有り体に言えば、ワンパターンなのです。


 その定番の曲としては、民謡系では、「安里屋ユンタ」・「芭蕉布」・「十九の春」・「てぃんさぐぬ花」・「娘じんとよー」・「谷茶前(たんちゃめー)」などが挙げられます。

 沖縄民謡まで知らない、という人でも、沖縄に行ったことがある人ならば、恐らくどこかで聞いているというほど、向こうではメジャーです。

 「安里屋ユンタ」などは、一度でも沖縄に行けば必ず何処かで耳にしていると思います。


 民謡といっても、「安里屋ユンタ」・「てぃんさぐぬ花」などは、昭和になって古謡を編曲したもので、「芭蕉布」・「十九の春」は、作曲者も明らかな昭和の唄ですが、民謡とされているようです。

 ヒット曲系もあります、「島人ぬ宝」・「オジー自慢のオリオンビール」・「三線の花」・「涙そうそう」・「花」・「島唄」・「ハイサイおじさん」などです。


 こうした特定の曲達が、沖縄定番ソングとして、沖縄の至る処で、三線で弾かれまくって、唄われまくって、流れまくっているわけです。

 これこそが沖縄の音楽文化の最大の特徴ではないかと、自分的には思うのです。



 ヒット曲系であっても、いわゆるオキナワンポップとは一線を画します。

 民謡酒場では、民謡だけではなく、「三線の花」・「涙そうそう」なども唄われますが、安室奈美恵さんの「CAN YOU CELEBRATE」や「HERO」が奏でられる訳ではありません。

 
 
 竹富島では、水牛車のガイドが、三線を弾きながら島の唄、安里屋ユンタを唄ってみせるのがお約束ですが、ゴミ収集車のメロディまでもが安里屋ユンタなのです。

 
 JTA(日本トランスオーシャン航空)では、以前は、着陸後ドア解放時に流す曲が「花」でした。

「♪ 泣きなさい~ 笑いなさ~い いついつまでも 花を咲かそうよ~」のメロディが流れると(唄はないけれど)、あぁ沖縄に着いたなと、テンションが上がる曲でした。

 最近では「空の声が聞きたくて」が流れているようです。
 

 ゆいレール(沖縄都市モノレール)では、発車メロディーや車内チャイムにこれらの定番ソングが使われています。

 那覇空港駅でゆいレールに乗ると、車内で最初に耳にする曲、あれが「谷茶前(たんちゃめー)」です。


 繁華街の居酒屋で流れる曲も、定番ソングです。
 観光客向けの演出としてではなく、地元の人しか行かないようなディープな飲食店でも同じです。

 オーナーの趣味でジャズを流すとか、70年代ロックをかける店は、内地に比べれば圧倒的少数派なのです。

 


 宮古島では「なりやまあやぐ祭り」、石垣島では「とぅばらーま大会」というイベントが毎年盛大に開かれます。

 「なりやまあやぐ」も「とぅばらーま」も、それぞれの島に伝わる民謡ですが、その一曲だけを競う、三線弾き語りののど自慢大会です。


 こうしたイベントは、沖縄以外の他の地域でも行われているのかも知れませんが、驚くのは、内地からわざわざやって来て参戦する人が少なくないことです。 

 沖縄が好きだと、沖縄の人の三線好きも伝播してしまうようです。


続く



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