ラベル 八重山、話題 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 八重山、話題 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年6月8日月曜日

愛すべき悪ガキだった? 石垣島安栄観光の憂鬱

 


 かつて、「海の暴走族」「海のハイウェイスター」「硬派のアンエイ」の異名をとった石垣島の船会社安栄観光。
 
 海が荒れても「アンエイなら行ってくれる」という島民の厚い信頼の下、八重山の海を爆走していました。

 それが今や、老体に鞭を打って頑張っている・・・みたいなことに。



 下は、6月5日の安栄観光の公式 Xです。時刻表がスッカスカ。



 こんなに減っちゃっているの?

 衝撃だったのでHPを確認したら、スカスカな上に張りぼても。黒島航路の1.5往復は竹富経由。
 つまり、黒島行きが一部竹富島に立ち寄ることで、竹富航路5往復を確保していることになります。

 往時は、竹富航路だけで17往復していたのに。




 もっともこれは、6月19日までのにダイヤで、6月20日からは夏ダイヤとなり、一応昨年並みの運航は確保されるようです。




 それでも八重山観光フェリーには及びません。しかも、八重観は3月1日から既にこのダイヤを組んでいるのです。




 さらに安栄観光は、上原航路接続バスも廃止しました。

 これは、石垣・上原航路に接続して、西表島の上原(船浦)~白浜間で運行されていたもので、船の利用者は、乗船券を買うときに申し出るだけで無料で乗れるたので、島民だけではなく観光客の利用も少なからずありました。



 それにしても、どうしてこんなことになっちゃったのでしょうか。そんなに経営が厳しいのでしょうか。

 もちろん経営が楽な訳はないでしょうが、根本的な原因は、近頃日本中で良く聞く、人件費高騰、燃油や資材の高騰に加え、人手不足、高齢化、働き方改革なんだそうです。

 特に船会社は、労働集約産業です。船の接岸作業をみればよく分かりますが、全然自動化されていません。
 経験も技術も体力も必要な3K仕事で、ベテラン社員の退職が続いた安栄観光は、かなりのピンチだったようです。

 それに燃油高騰が追い打ちをかけます。まさに泣きっ面に蜂。



 行政の補助がないわけではありません。

 国の交付金を原資とした県の補助金がありますが、昨年度は、14事業者に計5億8千万円ほどが補助されています。

(沖縄県HP)


 しかし、八重山航路で補助を受けているのは、与那国行きの福山海運を除いては、安栄観光の波照間航路だけです。
 補助の要件に「競合路線がない」という項目があるからです。

 八重山航路の大部分は、安栄観光と八重山観光フェリーが競合しているため、どちらも補助を受けられません。


 他にも、船舶の新造、改修に対する一部補助とか、船員が移住してやって来る場合の支度金補助とかもありますが、まあ言っちゃ悪いが、焼け石に水といったところです。


 それでも、八重山観光フェリーは何とか頑張っているのだから、とつい思ってしまいます。


 当ブログでは、2017年以来度々安栄観光についての記事を書いてきました。
 あれから10年間。残念ながら安栄観光は、衰退の一途を辿っているかのように見えてしまいます。




 何故安栄観光に肩入れするのか、それは昔の「アンエイ」を知っているからです。

 かつては、八重山の各航路は、八重山観光フェリーとのダブルトラックで、特に竹富航路は、毎時00分と30分に両社の船が同時に石垣港を出発し、アンエイ船は八重観船をぶっちぎって竹富港に到着するという、悪ガキのような痛快な光景を繰り広げていました。

 
 「アンエイ」は、創業当時、乗組員として海人(=漁師)を集めたそうですが、冒頭に書いたように、「海の暴走族」「海のハイウェイスター」「硬派のアンエイ」などと本当に言われていたのです。

 飛行機が台風か何かで揺れると、「飛行機がアンエイで」みたいなギャグが普通に通用していました。
 「アンエイ」とは揺れる、飛ばすの代名詞のようでした。

 それもそんなに大昔のことではありません。20年ほど前までは「アンエイ」走りが普通でした。悪ガキ「アンエイ」は、島民にも観光客にも人気者でした。


 ところが平成20年(2008年)初頭、荒れる波照間の海をいつものように豪快にかっ飛ばしていたら、運悪く船内に怪我人が出てしまい、それ以来、お上に目を付けられ、悪ガキは大人になったのです。

 (その経緯はこちら。)




 そんな愛すべき悪ガキだった安栄観光が、今や老体に鞭を打って夏場だけは何とか頑張るオジサン、みたいになってしまったのは、とても寂しいことです。
 

 昔は悪ガキだった安栄観光も、昔から大人だった八重山観光フェリーも、八重山の島々にとって文字どおりの生命線、なくてはならない存在です。

 苦境を乗り越えて、捲土重来を期していただきたいと心から願います。



新着記事は、X(Twitter) と Facebookでお知らせしています。

スマホでご覧の方へ
    最下欄の「ウェブ バージョンを表示」をタップしてウェブ バージョンに切り替えると、過去記事の検索などの機能が使えます。



2025年8月29日金曜日

竹富島のなごみの塔は結局どうなった?




 竹富島のなごみの塔から見た島の伝統集落の眺めです。ただし、これは10年くらい前の写真です。この景色は今は見ることができません。

 修復はとっくの昔に終わっているのに、何故?



 なごみの塔は、地表からの高さが約10メートル、塔自体の高さは4.5メートルのミニ展望台ですが、平坦な竹富島を見下ろすことができる絶景スポットでした。

 階段の傾斜が60度もあり、展望スペースも大人2人がやっとという、今時あり得ない建造物なのですが、そのスリリングな面白さもあり、常に観光客が並ぶ人気の場所でした。




 なごみの塔は、昭和28年に建造されました。観光用に造られたわけではなく、元々は、島人に対しての伝達事項をここからメガホンを使って叫んだそうなのです。

 本来の役目は終えたものの、誰でも自由に昇り降りできたので、いつしか絶景スポットとして観光客に名の知られる存在になりました。

 国の登録有形文化財にも指定されています。

 

 なごみの塔は長年、特別な規制もなく誰でも自由に昇れ、利用者も節度を守り譲り合って利用し、特段の問題も生じませんでした。


 ところがあるときから、無理矢理大勢昇ったり、手すりに思いっきりもたれて自撮棒で写真を撮るなど、傍から見ていて危なっかしいことをしている奴らがいると問題になり始めます。

 なごみの塔自体も、コンクリートの剥離などの劣化が進み、もうこのまま放置できないと、2016年9月、老朽化を理由に封鎖されてしまいました。




 その後、2019年から補修工事に入り、高圧洗浄、躯体や鉄筋のさび・剥落補修、表面モルタル剥離の修理、亀裂補修などを行い、安全性強化のため階段や塔上部に手すりを付け、階段下には門扉を設置する工事が行われました。

 事業費として、設計監理に498万円(国の補助金)、工事に1628万円(国からの一括交付金)、合わせて2126万円もの国費が投入されました。

 2020年3月には工事も完了し、町長が視察のため登っています。




 その直後にコロナ時代に突入したため、閉鎖されていましたが、そのまま2025年に至るまで、鉄製の門扉が開かれることはありません。一体何故。

 


 知り合いの島人に聞いてみたところ、「管理者が決まらないから」とボソッと教えてくれました。

 なるほど。そういうことか。


 なごみの塔は、誰が造ったのか、誰が所有者なのかもハッキリしません。
 観光客など来ることもない時代に周辺住民が造り、本来の役割であるメガホンでのお知らせがなくなってからそのまま放置されていました。

 それから20年、30年と経ち、島に観光客がやって来るようになると、誰のものかも分からないけど、誰も文句を言わないから勝手に昇っていた、という状態だったのです。


 それが、なまじ2千万円超の国費を使って補修したものだから、国から「危険だから従来のような利用は難しい」と釘を刺され、利用ルールを定め、きちんと管理するよう求められたところ、皆腰が引けてしまった、とこういうことでしょうか(憶測ですが)。





 そして、「2千万円も費やしておいて、使われないのはおかしい。」なんて、マスコミや議会で叩かれると、竹富町教育委員会が重い腰を上げて、予算を付けて島の公民館に管理を委託する事になるでしょう。メデタシメデタシ(超憶測です)。



 新着記事は、X(Twitter) と Facebookでお知らせしています。

 スマホでご覧の方へ
    最下欄の「ウェブ バージョンを表示」をタップしてウェブ バージョンに切り替えると、過去記事の検索などの機能が使えます。

 

2025年4月14日月曜日

久々に行きます 石垣島(雑談です)




 来週、石垣島に行きます。

 例年、初沖縄旅行は4月下旬のGW直前なのですが、今年も同じ時期に石垣島に行くことにしています。

 石垣島に行くのは去年の7月以来、石垣島をメインで回るのは1年振りとなるので、楽しみです。


 ただしかし、聞こえてくるのは、ホテルが高い、レンタカーが高い、離島に行く高速船の運賃が高い、人が多い、居酒屋が開いていないなどなど、なんだかろくでもない話題ばかりなんですよね~





 時代は変わるし、いつまでも昔のままであるわけはないし。そもそも、自分自体が歳をとっているわけだし。



 でもね~。ちょっと前までは、石垣牛とかマグロとか、安く食べられる店がいくつもあったのですよ。

 それが都会と同じような値段になっていたり、いや、それ以前に夕食のために店に入るのが大変だったりします。

 一方、外国人客をターゲットにした「ニッポンウリ」みたいな店や、若者向けなのか、おっさんの目にはチャライ店が増えちゃって。

 離島のノンビリ感もなんだか霞みますよね。


 高速船も、値段は上がって便数は減って客は増えて、いいことなし。あんなホテルでも1泊1万円超え!?みたいなこともあるあるです。


 なんか、昔のように出発前のワクワク感も少しずつ薄れていくような。





 自分が初めて沖縄離島に行ったのは、1999年10月の石垣島でした。

 その時の印象があまりに素晴らしく、それがきっかけで以来25年間、石垣島、宮古島、その他離島に通い続けているのです。

 5年前のコロナの時、緊急事態宣言解除後、初の石垣島旅行も、別の意味で忘れられないものでした。
 もちろん、再び経験したいわけではありませんが。



 石垣島も含めて、何度も行っているうちに慣れてしまい、新鮮な感動を失いかけているのかも知れません。

 色々文句を言う前に、次回は初心に返って、空港で真っ先にガイドブック石垣島をもらって、それを見ながら川平湾や玉取崎などの有名観光地を巡ろうかな~とも考えています。

 



 今年の冬は雨が多く、石垣島ではサトウキビの収穫が遅れているとのニュースが流れています。

 内地でも、寒かったり大雪が降ったり、そうかと思えば急に気温が上がったりする異常気象気味な冬でした。


 去年の4月に行った時は、あまり天気が良くなかったので、今年はすっきり晴れてくれるのではないかと、根拠なく期待しています。

 思惑どおり晴れたら、しばらく忘れていた暑さで体が悲鳴を上げるかも知れませんが、その時はオリオンビールで冷却しますので。笑


 そう言えば、ビールの値段って25年間ほとんど変わっていないような気がします。隠れた物価の優等生?





 新着記事は、X(Twitter) と Facebookでお知らせしています。

 スマホでご覧の方へ
    最下欄の「ウェブ バージョンを表示」をタップしてウェブ バージョンに切り替えると、過去記事の検索などの機能が使えます。

2024年10月25日金曜日

石垣島竹富島で見かけたちょっとアレな光景

 

 
 突然怖い顔をしたシーサーの登場ですが、今回は、石垣島・竹富島で見かけた、ちょっとアレなものをご紹介します。

 アレと言っても、去年関西で流行ったアレ(A・R・E)ではなく、八重山のアレです。

 

 こちらは明らかに狙ったシーサーです。シーサーは元々、決まりごとはなく、瓦職人が自由に造っていいことになっているので、まあいいんでしょうね。 




 アレではなくコレは、トーテムポールか埴輪か!?と思ったら普通の木でした。

 立ち枯れて、たまたまこんな姿になっただけのようですが、偶然にしては凄いですね。よくみると、目・鼻・口もあります。



 ちょっと見にくいですが、コンクリートの柱に生えちゃったニチニチソウ。逞しすぎる。




 道端に咲いていた花。名前は分かりませんが・・・



 アップでみるとカワイイ顔してるじゃん。




 石垣島の裏通りですが、ミンサー織りの柄のペイントがなされています。センスいいと思いますが、分からない人にとっては謎の道です。



 「石垣市魚」!? だったら何なんだというツッコミはないのでしょうか。




 「荷物預かり」なのに、預かってくれるのは「現金のみ」という謎看板。




 今回は、軽めのネタでお届けしました。最後に、今年のMVA(Most Variable A・R・E)は、コレ。


 一瞬脳みそがフリーズしました。




 新着記事は、X(Twitter) と Facebookでお知らせしています。

 スマホでご覧の方へ
    最下欄の「ウェブ バージョンを表示」をタップしてウェブ バージョンに切り替えると、過去記事の検索などの機能が使えます。

2024年7月30日火曜日

竹富島のできれば聞きたくない話



 竹富港のターミナルに置かれたゴミ箱です。

 「ゴミ箱を利用される方は入島料(300円)のご協力をお願いします。」と書かれています。

 竹富島のゴミは、船で石垣島まで運ばれて処理されます。観光客はゴミを持ち帰ってくれというのは当然です。

 でも、これをみると、金を払ったらゴミを捨ててもいいよ、とも読めますよね。



 こちらは、トイレに貼ってあったものです。



 「島民も同じ不便のなかでの暮らしです。」「不便も離島の特徴。都会にない不便をお楽しみくださいね。」

 そうなんですよ。

 この言い方は好きです。遠路はるばる竹富島までやって来たのだから、金を払って日常と同じ便利さを味わうのではなく、島ルールで過ごすのが旅の醍醐味では。

 「都会にない不便をお楽しみください」って、なかなかイケてるフレーズじゃないですか。


 竹富島では2019年から、300円の入島料を任意で徴収しています。支払う人は、観光客の約10%だそうです。

 任意のお願いに対して10%も協力者いるということは素晴らしいことだと思いますが、島の一部の人は、そうではなくて10%しか支払ってくれないと考えているようです。

 竹富島の昨年の入域観光客数は、398.611人。うち10%の人が入島料を支払うと、約1200万円の収入という計算になるのですが。




 竹富島の道路は、ホーシミチと呼ばれる港に続く道と、環状線(外周道路)のみが舗装道路で、集落内の道は、伝統的な白砂が散布された道です。

 一説によると、夜間にハブが徘徊していても直ぐに分かるようにするためだとか。 



 ふと気が付くと、白砂の道の一部が舗装されていました。アスファルト舗装ではなく、砂と同じ白のコンクリート舗装のようです。
 ちょっと見では気が付かないように造られています。

 竹富島憲章には、「道路、各家庭には、年二回海砂を散布する。」という条項があったのですが、いつの間にか削除されました。

 何か事情があるのでしょうか。



 二つ上の写真と同じ道です。これは2015年に撮ったものです。




 ピースアイランド竹富島温泉(仮称)の工事が急ピッチで行われています。

 竹富島に温泉が湧くのかとビックリしますが、地下1000mまで掘ると出てくるのだそうです。

 かつてあった西表島温泉が枯渇した現在、完成すれば日本最南端の温泉となります。27室の宿泊施設と日帰り温泉施設からなり、来年1月オープンの予定です。



 島民は、建設に反対しました。

 島の神聖な場所である「真知御嶽(マーチオン)」が直ぐそばにあるというのが理由ですが、それは、法的に保護される利益ではなく、企業者は無視しました。


 手前左側に真知御嶽の鳥居、木漏れ日の向こうが工事現場という位置関係です。



 竹富島には水牛車観光の業者が2社あります。

 そのうちの1社には、かなり以前から島民の反対運動が起こっていました。水牛がいて観光客も集まるステーションが、御獄、小中学校、診療所に近いというのがその理由です。


 2014年には、遂に島民の不満が爆発し、水牛車のルート沿いの、利用客からよく見える場所にこんな看板が設置されました。



 当時の竹富町長が間に入って、島民と業者の間で、業者が移転を検討する旨の和解が成立しましたが、10年経った今でも同じ場所で変わらず営業が続けられています。


 島外の業者によるコンドイ浜のリゾートホテル計画は、島民が一丸となって跳ね返しました。
 しかし、内なる敵には苦慮しているようです。



 入島料の件にしろ、舗装の件にしろ、温泉施設にしろ、水牛車の件にしろ、一つ一つは大した話ではないのですが、竹富島に行くと、できれば聞きたくない話、目にしたくないものが、色々飛び込んで来ます。


 島の在り方を自分達で決めるという竹富島の姿勢を、自分はリスペクトしていました。他の島の範ともなり得るものだとずっと思って来ました。

 もちろん、時代と共に島も変わって行きます。ただ、もしそれが、ほかの島のように目先の利潤追求のためであるならば、残念なことです。

 日中は観光客でごった返すけれど、日帰り客が帰り始める夕刻からは、ゆったりした島時間が流れ始める。そんな竹富島のイメージは、この先も変わらず残り続けてくれるでしょうか。

 

 初めて竹富島に来たであろう人達が、集落の入り口に着いたとたん「これだよ~ この景色が見たかったんだ!」と歓声を揚げるのを聞いて、よそ者の自分まで何だか嬉しい気分になったのですが。




 竹富島とは直接関係ありませんが、竹富町の訪問税についての続々報です。


 竹富島、西表島など竹富町の各島に行く人に、1人1回毎に千円を課税するという内容の竹富町訪問税条例案ですが、6月町議会への提出が見送られました。

 当初予定では3月議会に諮るとされていたので、これで2回目の延期となります。

 パブリックコメントや、地元紙等の報道をみると、石垣島や那覇に住んでいる竹富町出身者・関係者が、「俺達も非課税扱いにしろ」と言い出したことに、町が苦慮しているようです。
 一方、主要な納税者である観光客の意見には、聞く気は持たないといった対応です。


 自分は、この件で反対の立場からパブリックコメントを提出し、それに対する町の回答もHPで公表されています。

 この町の回答は、HP登載に当たって上司の決裁を受けたのですか?と突っこみたくなるレベルで、言いたいことが山ほどあるのですが、ここに書き始めると大変長くなってしまうので、謙虚に(笑)別ページにまとめました。


 こちらのページをご覧いただくと、もの凄く重要で役に立つ話がお読みいただけます、というのは誇大広告で、ほとんど法律の話ですから、是非読んでくださいとはちょっと言いにくいのですが、閲覧数が100を超えたら自分で祝杯を挙げたいと思います。



 8月3日になると、当ブログは12周年を向かえます。次回の記事は、難しいテーマではなく、明るい(軽い)内容にしようかと思っています。

 

 新着記事は、X(Twitter) と Facebookでお知らせしています。

 スマホでご覧の方へ
    最下欄の「ウェブ バージョンを表示」をタップしてウェブ バージョンに切り替えると、過去記事の検索などの機能が使えます。

 

2023年7月16日日曜日

石垣島安栄観光がいよいよヤバイかも

   

 
 かつて、「海のハイウェイスター」「海の暴走族」などと言われ、八重山の海を縦横無尽に快走していた石垣島の船会社、安栄観光の凋落が止まりません。

 コロナが明けて、観光客も戻ったこの夏、昨年よりもさらに減便されてしまいました。


(安栄観光HP)

 
 今年の夏のダイヤは、竹富島航路が8.5往復、西表島大原が5往復、小浜島に至ってはわずか3.5往復となっています。

 2005年には、竹富島だけで16往復運航されていたのです。


 ライバル八重山観光フェリーは、竹富島が10.5往復 西表島大原が6往復、小浜島は7往復などとなっており、安栄観光の不便さが際立ちます。


 しかも、よく見ると、安栄観光の方は、途中で竹富島や黒島を経由する便が含まれています。
 例えば、石垣16:00発の西表大原行きは、黒島経由なので、同じ便が黒島行き16:00発としても記載されています。
 
 直行便の数で言えば、さらに八重山観光フェリーに水を空けられています


(八重山観光フェリーHP)


 そもそもの原因は、人手不足です。

 ただ、そのことは以前から分かっていて、安栄観光も八重山観光フェリーも、船舶の大型化を進め、便数を集約して効率よく運航する方向に徐々にシフトしていたそうです。

 その最中にコロナに見舞われ、さらに安栄観光は、事故や内紛による従業員の退職問題も抱え、今、かつてないほどの危機に見舞われています。





 竹富港で11:50に出航する船を待ちます。
 安栄観光・八重山観光フェリーの便が、同時刻に石垣港を出航しているはずですが、安栄船が若干速く竹富港に入港しました。

 かつては、こういったことは日常の光景で、時刻表上は2社同時刻なのに、いつも安栄船の方が早く着くということで、親しみを込めて、「海のハイウェイスター」「海の暴走族」などと異名が付けられました。


 「まっぷる石垣・宮古・西表島 2005版」に載っていたコラム記事には、「海人精神みなぎる硬派のアンエイ」「海が荒れてほかの船が二の足を踏でもアンエイなら行ってくれるとう伝説は健在」などと書かれていた程です。

(まっぷる)



 竹富島から乗った安栄船の乗組員は、船長を含め2名。見た目、20歳台かせいぜい30歳くらい若手です。

 同社には以前はなかった制服をビシッと着こなし、キビキビと客扱いをこなしていました。

 人手不足といいながらも、若手乗組員が着実に育っているようです。彼らの力によって、「安栄観光再び!」と期待を込めて応援したいと思います。





 安栄観光の去年の状況は、こちら


 新着記事は、Twitter と Facebookでお知らせしています。

 
 スマホでご覧の方へ
    最下欄の「ウェブ バージョンを表示」をタップしてウェブ バージョンに切り替えると、過去記事の検索などの機能が使えます。


2022年8月8日月曜日

ブラタモリで知った 竹富島の井戸とアバ石の謎




 アバ石のあるところを掘れば甘水が出る


 NHKの番組、ブラタモリを見て初めて知った。


 竹富島には、石垣島からの日帰りを含めれば、もう何十回と行っているはずですが、恥ずかしながら、この重要なキーワードを知りませんでした。

 そんなわけで、今更ですが、このキーワードを頼りに竹富島の井戸を巡り、そしてアバ石と呼ばれる岩が何故そんなに重要なのか、ブラブラ歩いて、ではなく、ブラブラ書いて解き明かします。笑

 


 アバ石とは、島に伝わる言葉で、チャート(角岩)のことです。この白っぽい岩がアバ石です。


 チャートは、プランクトンの殻や骨などが海底に堆積して出来た非常に堅い岩石で、釘を打とうとしても傷すらつかないほどです。

 沖縄でよく見られる、多孔質で柔らかい琉球石灰岩とは対照的です。


 その堅いアバ石の上に降った雨は、アバ石には染みこまず周辺に流れる訳ですが、アバ石の周りが、多孔質で浸透性の高い琉球石灰岩であれば、そこには水が貯まるから、掘ってみれば水が出る、ということなのだそうです。



 仲筋井戸(ナージカー)。島最大の井戸です。




 こちらは、神が見つけた井戸とされるミーナ井戸(ミーナカー)です。




 竹富島は、外周約9㎞の小さな島ですが、その小さな島の中でも、人が住んでいる集落は中央部の一画だけです。

 まさに井戸のあるところを中心に集落ができたということです。




 竹富島には、アガリ・パイザーシ御嶽(オン)という聖なる場所があります。島を創った神様が最初に降り立った場所とされます。

 そこに祭られているのは、アバ石です。


 ブラタモリによれば、

 「神様は、広い海の中にあったアガリ・パイザーシという小さな岩に降りられた。その岩を中心として、付近の石や砂利を盛り上げて出来たのが竹富島である。」のだそうです。





 竹富島は隆起珊瑚礁の島です。

 もともと珊瑚礁だったところが、隆起して陸地になったもので、沖縄にはこういう島が沢山あります。宮古島や、お隣の黒島も隆起珊瑚礁の島です。

 
 珊瑚は、共生する褐虫藻(かっちゅうそう)が光合成できなければ生きていけません。なので、南国の海ならどこでも生息できる訳ではなく、太陽の光が十分に届く浅瀬に限られます。

 竹富島は、まず、海底に長い年月を掛けて出来たチャートが浅瀬を形成し、その浅瀬に珊瑚礁が発達していったものが、地殻変動で隆起しそのまま島になったと考えられます。

 つまり、竹富島の核となったのが、チャート、つまりアバ石だったのではないでしょうか。


 そう考えると、この神話はもの凄く理に適っています。でも、昔の人は、何でそんなことが分かったのでしょうか。





 隆起珊瑚の島である竹富島は、農業に適した土地が少なく、遠く西表島まで船で渡って稲作を行ってきました。にも拘わらず、この島には、八重山諸島を統括した蔵元(行政府)がありました。

 何故でしょうか。もしかして、竹富島には水があったからでは。
 石垣島にほど近く、水があって生活可能な竹富島に敢えて蔵元を置いたのでは・・・というのは、当ブログの憶測です。



 アバ石のあるところを掘れば甘水(あまみず)が出る。

 今まで、見ても見過ごしていたアバ石。そんな深い意味があったとは。
 ブラタモリのおかげで、思いがけず、竹富島再発見となりました。



 現在は、石垣島から送水管で給水されています。でも、給水が始まったのは比較的最近の1976年のこと。
 その前年には、既に新幹線が博多まで開業していたという時代です。





 新着記事は、Twitter と Facebookでお知らせしています。

 スマホの方は、「ウェブ バージョンを表示」をタップすると各種機能が使えます。