2022年8月8日月曜日

ブラタモリで知った 竹富島の井戸とアバ石の謎




 アバ石のあるところを掘れば甘水が出る


 NHKの番組、ブラタモリを見て初めて知った。


 竹富島には、石垣島からの日帰りを含めれば、もう何十回と行っているはずですが、恥ずかしながら、この重要なキーワードを知りませんでした。

 そんなわけで、今更ですが、このキーワードを頼りに竹富島の井戸を巡り、そしてアバ石と呼ばれる岩が何故そんなに重要なのか、ブラブラ歩いて、ではなく、ブラブラ書いて解き明かします。笑

 


 アバ石とは、島に伝わる言葉で、チャート(角岩)のことです。この白っぽい岩がアバ石です。


 チャートは、プランクトンの殻や骨などが海底に堆積して出来た非常に堅い岩石で、釘を打とうとしても傷すらつかないほどです。

 沖縄でよく見られる、多孔質で柔らかい琉球石灰岩とは対照的です。


 その堅いアバ石の上に降った雨は、アバ石には染みこまず周辺に流れる訳ですが、アバ石の周りが、多孔質で浸透性の高い琉球石灰岩であれば、そこには水が貯まるから、掘ってみれば水が出る、ということなのだそうです。



 仲筋井戸(ナージカー)。島最大の井戸です。




 こちらは、神が見つけた井戸とされるミーナ井戸(ミーナカー)です。




 竹富島は、外周約9㎞の小さな島ですが、その小さな島の中でも、人が住んでいる集落は中央部の一画だけです。

 まさに井戸のあるところを中心に集落ができたということです。




 竹富島には、アガリ・パイザーシ御嶽(オン)という聖なる場所があります。島を創った神様が最初に降り立った場所とされます。

 そこに祭られているのは、アバ石です。


 ブラタモリによれば、

 「神様は、広い海の中にあったアガリ・パイザーシという小さな岩に降りられた。その岩を中心として、付近の石や砂利を盛り上げて出来たのが竹富島である。」のだそうです。





 竹富島は隆起珊瑚礁の島です。

 もともと珊瑚礁だったところが、隆起して陸地になったもので、沖縄にはこういう島が沢山あります。宮古島や、お隣の黒島も隆起珊瑚礁の島です。

 
 珊瑚は、共生する褐虫藻(かっちゅうそう)が光合成できなければ生きていけません。なので、南国の海ならどこでも生息できる訳ではなく、太陽の光が十分に届く浅瀬に限られます。

 竹富島は、まず、海底に長い年月を掛けて出来たチャートが浅瀬を形成し、その浅瀬に珊瑚礁が発達していったものが、地殻変動で隆起しそのまま島になったと考えられます。

 つまり、竹富島の核となったのが、チャート、つまりアバ石だったのではないでしょうか。


 そう考えると、この神話はもの凄く理に適っています。でも、昔の人は、何でそんなことが分かったのでしょうか。





 隆起珊瑚の島である竹富島は、農業に適した土地が少なく、遠く西表島まで船で渡って稲作を行ってきました。にも拘わらず、この島には、八重山諸島を統括した蔵元(行政府)がありました。

 何故でしょうか。もしかして、竹富島には水があったからでは。
 石垣島にほど近く、水があって生活可能な竹富島に敢えて蔵元を置いたのでは・・・というのは、当ブログの憶測です。



 アバ石のあるところを掘れば甘水(あまみず)が出る。

 今まで、見ても見過ごしていたアバ石。そんな深い意味があったとは。
 ブラタモリのおかげで、思いがけず、竹富島再発見となりました。



 現在は、石垣島から送水管で給水されています。でも、給水が始まったのは比較的最近の1976年のこと。
 その前年には、既に新幹線が博多まで開業していたという時代です。





 新着記事は、Twitter と Facebookでお知らせしています。

 スマホの方は、「ウェブ バージョンを表示」をタップすると各種機能が使えます。


 

2022年8月3日水曜日

ブログ10周年 思い出の写真と共にごあいさつ

 
(下地島17END。伊良部大橋が未完成で下地島空港が訓練飛行場だった頃)



 2012年(平成24年)8月3日金曜日、第1号記事をアップしました。あの日からついに10年。

 おかげさまで本日、blog「宮古島の癒し・八重山の刺激」は、10周年を迎えました。


 これまで、当ブログを読んでいただいた方に厚くお礼申し上げます。本当にありがとうございました。


(とても海とは思えない池のような黒島仲本海岸)



 ブログを始める半年ほど前、mixi日記に長々と沖縄の話を書いて、密かに練習をしていました。mixiの友人には、「こいついきなり何を始めたんだ?」と思われていたことでしょう。

 それから、8月3日に記事を一本書いてアップしてみました。

 この時点では、公開はしたものの、まだ誰も知らない状態で、翌日、翌々日にも記事をアップし、3本目の記事をアップした時点で、初めて、Facebookなどで繋がっている人に、ブログを始めたことを知らせたのです。


 あれから10年。アップした記事は846本。PV数(閲覧数)は約65万回となりました。


(何故かパクられ大賞とも言える写真)



 その原動力は、自分自身が沖縄好きであること、写真好きであること、そして、文章を書くことが意外に好きであることにも気が付きました。


 しかし何より、読んでくれる人が居たからこそここまで続けられたわけで、PVこそが最大のモチベーションになったと思います。


 10年間で延べPV数が65万回という数字は、他の有名ブログと比べれば多いものではないと思いますが、それでも平均すると、毎日180回くらい見ていただいていることになり、十分満足しています。

 ネタが沖縄ですから、夏に多くなり、冬は少なくなるのが毎年の傾向ですが、そんな中でも比較的コンスタントにPV数が増えていくことは、ブログを続けていく上で大きな励みとなりました。


(前浜の波打ち際に寝っ転がって何十枚と撮った中たまたま撮れたベストショット)



 沖縄の旅先で知り合った人に「ブログを書いています」と名刺を差し出すことが多いのですが、10年間もそれを続けてきたので、その被害者?もかなりの数に登ります。笑

 でも、それがきっかけで知り合いになった人も居るので、「ブログを書いています」がある種のコミュニケーションツールになっていたようです。

 逆に、僅かですが、当ブログを読んでくれていたことがきっかけで、知り合いになった人も居ます。

 冒頭の写真は、当ブログがきっかけで、本にも掲載されました。


(小浜島のゲストハウスパナパナの庭から見た文字通りの満天の星空)



 さて、これから先なのですが、どうするかはまだ決めていません。

 もちろん、数日後に次の記事をアップするつもりですし、当面は、今までのスタイルで継続しようと思っています。


 だだ、一つだけ決めていることは、引き際をきちんとしたいということです。

 何となく意欲も薄れて、読んでくれる人も減って、更新頻度も下がって、いつの間にかフェイドアウトする・・・

 そういう終わり方ではなく、「最後の記事」を送り出したら、その一定期間後には、ブログを完全に消去するような、ブログ終活をしたいと考えています。


 
(広重の「月に雁」風、「月にアジサシ」)



 これから先は、長く続けることを目標にすることは止め、1本1本の記事を、それこそ一期一会の気持ちでアップしていければと思います。

 その結果として、11周年、12周年を迎えられればいいし、でも自分で、もうネタ切れだ、もうガス欠だと感じたら、潔く退こうかなとも考えています。



 ブログ10周年に当たり、知り合いに意見、感想を求めたところ、その中に「若い人のニーズを吸い上げるべきだ」とのアドバイスがありました。


 これまでは、自分が書きたいこと、興味があるテーマについて書き、自分がいいと思った写真を載せてきました。
 それは、自然とオッサン世代の価値観が反映されているわけで、若い人が沖縄離島について、何を知りたいのか、何を求めているのかは、あまり考えたことがありませんでした。


 確かに、若い世代の人達が、沖縄離島に興味を持ち、実際に足を運んでくれることに対して、当ブログが少しでも寄与できるなら、それは望外の喜びですが、一方、そこまでしなくても、自己満足の世界でもいいかな、という気持ちもあり、ちょっと結論が出しきれていません。

 何より、若い人のニーズを的確に掴む具体的な方法が思い浮かびません。笑



(マングローブが海面に映る姿は沖縄に行き始めたころからの憧れだった)



 私事ですが、先月宮古島に行く予定でした。

 出発の日の朝、高齢の母が玄関先で転倒し救急車を呼ぶ騒ぎになりました。幸い大事には至らなかったのですが、宮古行きは中止しました。


 今まで、台風以外で沖縄旅行を中止したことはなかったのですが、自分自身も確実に歳をとっていく中で、これからは、こういうことも増えるかも知れません。

 行動範囲も、自ずと少しずつ縮小していくことになるでしょう。

 これからは、1回1回の沖縄旅行を味わって楽しまなければと思うし、その結果をブログ記事に反映していかなければとも思います。



(良い写真なのだけれど何かが足りない。子供か、ネコか、はたまたおじいか。)



 10周年に当たって、何か記念の企画記事的なものを考えていたのですが、ふと思い立ち、今回は、敢えてお礼と決意表明、そしてちょっと独り言にお付き合いいただくことにしました。

 写真に関しても、10年間のベストショットを並べようかとも思いましたが、それをやり出すと写真選定にとてつもなく時間がかかりそうな気がしたので、5分以内でお気に入りの写真を選ぶというルールを決めて、ぱぱっと選んでみました。


 最後にもう一度お礼を申し上げて、また引き続きのご支援をお願いする次第です。ありがとうございました。



(吉野海岸でたまたま目が合っちまったんだぜ。)



 新着記事は、Twitter と Facebookでお知らせしています。

 スマホの方は、「ウェブ バージョンを表示」をタップすると各種機能が使えます。


2022年8月1日月曜日

嵐の前の静けさ?宮古都市計画とトゥリバー地区

 


 美しいビーチですが、これは、埋め立て地に砂を入れて造った人口ビーチです。そして、背後に建つ黒っぽい建物は、建築中の巨大ホテルです。


 ヒルトン沖縄宮古島リゾート。いよいよ来年春の開業予定です。

 アメリカのHilton Hotels & Resortsが展開するホテルで、宮古島初上陸となります。
 

 地上8階、床面積:27,983㎡、総客室数329室の巨大ホテルで、宮古バブルの中の頂点ともいえるホテルでしょう。



 

 ホテルが出来るのは、宮古島の西側、伊良部大橋の付け根の北側辺り。トゥリバー地区という埋立地です。

 これは、本家バブルの時代、旧平良市が計画・着工したもので、総面積32ヘクタール(東京ドーム7個分くらい?)という壮大な計画でした。
 

 公園、ホテル、マリーナなどを整備する計画の下、全体の40%ほどの土地を、ホテル用地などとして41億円で民間企業に売却し、事業費の一部に当てる予定でした。 

 売れずに値引きするという話があったのが2006年。その当時で累積赤字は数十億とも報じられていました。

 トゥリバーは、長らく活用されることなく、一部が辛うじてが公園と人工ビーチとして整備されたものの、利用者は、ほぼ島の人だけという状況が続いてきました。


 その後、苦節何十年?

 伊良部大橋の完成と下地島空港の利活用でバブルを迎えた宮古島にあって、ついにヒルトンのトゥリバー進出が決まり、これに併せて、マリーナを整備し、プレジャーボートを受け入れる計画です。
 




 これは、沖縄県が平成29年(2017年)に策定した、宮古都市計画「区域の整備、開発及び保全方針」 の中に「世界へ開くリゾート都市 宮古島コースタルリゾートヒララ(仮称)」として位置付けられています。

 「宮古島コースタルリゾートヒララ」で吹き出しそうになった人もいると思いますが、それは取り敢えず措いてください。笑


(宮古都市計画(平成29年 沖縄県)より)


 読みにくいと思うので再掲すると、

「③ 世界へ開くリゾート都市 
 広域交通機能の向上が図られた平良港は、アジアからの国際クルーズ船就航など、国際交流拠点とし て重要な役割を果たしており、とりわけ観光振興地域に指定されているトゥリバー地域は、市街地との 回遊性・連続性が向上した身近な海浜リゾート地として整備が進んでいます。 」

 ということだそうです。

 「交流拠点」「回遊性」「連続性」は、この手の計画で役所が好んで使う表現ですが、通訳すると、「集客できる」「行ったり来たりする」「近い」といった意味です。


 トゥリバーは、中心市街地に近いから、泊まり客がホテルから市街地の飲食店まで来てくれることが期待できるという意味でしょう。
 トゥリバーが、下里や西里に近いとは思えませんが、遠くはない、タクシーを使えばすぐだ、という理屈でしょうね。


 
 近年、沖縄各地で新たにホテル事業に参入してきた業者の中には、不動産会社とか住宅会社とか、畑違いの業種も少なくありませんでした。

 その点今回は、世界で600軒近くのホテルを経営するヒルトンが、満を持して乗り出してきたのは、採算性の見通しが十分あったからでしょう。

 それでも、ホテル開業ラッシュの中、JTAの飛行機3機分を軽く超える、600人以上を収容する巨大ホテルの開業はかなり衝撃的ですし、風通しのよさそうなトゥリバーで、台風対策は大丈夫なのかと、余計な心配もしたくなります。






 この巨大ホテルがフル稼働するとなると、タクシーもレンタカーも飲食店も足りません。しばらくは、宮古島に行っても色々大変かも知れません。

 それで、タクシーが増え、レンタカーが増車され、飲食店が増えた頃、想定外のことが起きてあたふたする・・・って、つい最近何処かで見たような。



 トゥリバーが、何十年かの時を経て、当時関係者が思い描いた姿に近づいています。


 改めて、この計画のために巨額の税金が投じられていること、そしてその大部分は国費、つまり宮古島市民だけでなく、国民の税金であることを踏まえ、納税者として、計画が一部の人達のためのものではなく、宮古島の人全体の福利(幸福と利益)に貢献したのか、監視する必要があると思います。 






 今は、嵐の前の静けさかも知れません。

 人工でも、意外と素敵なトゥリバーの海や公園ですが、その姿を今年のうちに紹介しておこうと思います。



 去年の10月、トゥリバーの遊歩道の真ん中の木陰で涼んでいたにゃんこ。こんな光景に来年以降も出会えるでしょうか。




 宮古都市計画(沖縄県)はこちら


 新着記事は、Twitter と Facebookでお知らせしています。

 スマホの方は、「ウェブ バージョンを表示」をタップすると各種機能が使えます。