「新」石垣空港というと、「旧石垣空港があったの?」なんていう人も最近は増ましたが、今の石垣空港が開港する前には、もっと便利な場所にこぢんまりした空港がありました。
しかし、あっという間に月日が流れ、今日、3月7日で新石垣空港開港10周年です。
有志による郷土芸能の披露や、土産物の割引販売が行われたようです。
旧空港は、戦時中に造られた、陸軍石垣飛行場を旅客化したもので、滑走路が1500メートルしかありませんでした。
ジェット機を飛ばすには、滑走路が短すぎるため、石垣空港は、1979年に暫定ジェット化という扱いで運用を始めたのですが、それが40年近くも続いてしまいました。
そのため、使用機材も、B737-400、-500といった、百数十人乗りの小型機に限られていました。
それでもJTA羽田行きの直行便は、燃料を満タンにすると風の影響などで飛べない恐れがあるとして、満タンにしないでも行ける宮古空港や那覇空港に立ち寄ってから羽田に向かう変則運航でした。
貨物便も貨物を満載に出来ないとか、緊急時に備えて副操縦士は機長の資格を持った乗員が乗らなければならないなど、様々な制約がありました。
一方、立地は市街地に近い便利な場所にあり、離島ターミナルまでタクシー料金が910円という近さ。
真栄里辺りのホテルなら歩いても行けなくはない、みたいな一等地でした。
旧空港は、平屋で全て平面移動でした。
ボーディングブリッジなんて必要なく。タラップを降りて歩いてターミナルに向かいます。
複数機が到着した際は、両機の客が混在しないよう、目と鼻の先の距離でもバスに乗せられたこともありました。
すぐに市街地に行けることもあって、日本の最果てに来たんだなあと実感する、沖縄離島の雰囲気とマッチした、本当に味わいのあるローカル空港でした。
空港を移設し大型化しようという動きはかなり前からあったのですが、候補地がなかなか決まらず、紆余曲折を経て今の場所に決定し、10年前の今日開港にこぎ着けました。
その後は、順風満帆に発展を続け、コロナ前の2019年には、年間の乗降客数が2,684,122人を記録しました。
これは全国の県庁所在地に近い拠点空港の大部分を上回る、17位という健闘振りです。
旧空港時代の2012年の乗降客数が約77万人でしたから、軽く3倍を超えています。
那覇行きなどの県内路線は基より、羽田、成田、中部、関西、福岡へ直行便が飛び、機材も、B-787-8、B-777-200といった3~4百人乗りの中・大型機が導入されました。
そうなると今度は、現状の地上施設では旅客を捌ききれず、コロナ前は、手荷物預けに1時間を要する事態も発生していました。
空港ロビーは、夏の午後を中心に大混雑し、出発便の遅れがあったりするとさらに大変なことになっていました。
施設拡張の話もありますが、具体案はなく、当面は現状のまま工夫して使っていくことになるでしょう。
なお、空港名は一般に「南ぬ島(ぱいぬしま)石垣空港」と表示されていますが、正式には、「新石垣空港」です。
コロナで3年ほど静かでしたが、今年はインバウンド需要の復活もあり、また元に戻ってしまうのではないしょうか。
宮古島の伊良部大橋と共に、バブルを牽引することになった新石垣空港。
以前からの沖縄好きにとっては有り難い話ではありませんが、それで潤った島の人も多いと思います。
しかし、それ以上に潤ったのは内地の企業であるといわれています。今から50年前の沖縄復帰の頃にも同じことがいわれていました。
スマホでご覧の方へ
最下欄の「ウェブ バージョンを表示」をタップしてウェブ バージョンに切り替えると、過去記事の検索などの機能が使えます。
0 件のコメント:
コメントを投稿