沖縄本島北部、今帰仁村(なきじんそん)にある世界遺産今帰仁城趾。
世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成遺産の一部であり、日本100名城の一つでもあります。
そしてここは、歴史的価値のある史跡というだけではなく、巨大な石垣がコーラルブルーの海を背景にそびえ立つ、絶景ポイントなのです。
14世紀、沖縄は南山、中山、北山をそれぞれの王が支配する、の三山鼎立(ていりつ)の時代でした。
今帰仁城は、北山王の居城でした。
北山とは、恩納村谷茶と金武町を結んだ辺りより北部の地域を指しますが、北山王は、これに加えて伊江島、伊是名島、伊平屋島、古宇利島、屋我地島、瀬底島、水納島、さらには、与論島や沖永良部島まで広大なエリアを支配していたそうです。
これらの地域では、言語に統一性が見られ、「沖永良部与論沖縄北部諸方言」と呼ばれています。
今、沖縄本島を、南部・中部・北部に分けて紹介するのは、三山時代の名残です。
この分類では、北部がやたら広い。名護とか美ら海水族館なんかはバリバリの中部のように思いますが、北山王の支配地域は広かった、ということなんでしょう。
15世紀になると、中山王が琉球を統一します。織田信長の天下統一の前の時代です。
この辺りが、天守跡。
当然ながら一番の高台ですから、普段は、絶景を満喫出来るでしょうが、台風の時は、王様と言えども、さぞかし怖かったでしょうね。
石垣は、野面積みという工法で積まれています。
野面積みは、石を整形せず、モルタルなどの接着剤に相当するものも使わない、古来の技法ですが、水はけが良く、また、意外に耐震性に優れているのだとか。
今でも、竹富島の民家の塀などで見ることが出来ます。
城趾一帯は、公園として整備されています。春は、というか、実は冬なのですが、桜の名所でもあります。
おやっ、石垣の隙間から何やら謎の物体が。
ついでに筆者近影。(控えめに小さく載せておきます。)
宮古・八重山にせっせと通うのは、ひと言で言えば海が綺麗だから。でも、沖縄離島には、自然以外の観光名所的な場所はあまりありません。
ここは、世界文化遺産でありながら、背景の海の色は沖縄そのものでした。本島には、こんな場所も、探せばまだまだ沢山ありそうです。
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