2016年5月9日月曜日

最果ての廃線跡を歩く 南大東島のシュガートレイン



 鉄道の廃線跡巡りがブームだそうで、書店に行けば、廃線巡りのガイド本や廃線跡写真集なんかも並んでいます。
 旧国鉄の赤字線など、今は無き鉄道の線路跡が、そのまま残っている場所を探して歩く旅です。

 それにしても、まさかこんな所に鉄道があったとは!?


 大東糖業南大東事業所砂糖運搬専用軌道、通称南大東島のシュガートレインです。



 驚くべきことに、那覇から約400㎞も離れた、周辺には、北大東島を除いては島もない絶海の孤島に、線路が敷かれ、機関車がサトウキビを運んでいたのです。

 それも、大昔ではありません。ホンの30年ほど前までは、こんな光景が見られたのです。
(竹内昭著「南大東島シュガートレイン」岩崎電子出版からの引用)


 何故、わざわざ鉄道?と思われるかも知れませんが、動力車にパワーがなかった昔は、鉄の線路の上を鉄の車輪を滑らせて走る鉄道は、人や物資の大量輸送に適していたのです。

 八丈島の開拓団が、南大東島で製糖事業を始めた当初から、すでに線路が敷かれ、手押しのトロッコによるサトウキビ輸送が行われていたそうですが、1916年に事業を引き継いだ、東洋製糖(後に大日本製糖が継承)が、事業拡大のため手押し軌道を廃止し、軌間762mmの蒸気機関車による軌道に置き換え、1927年頃には約29Kmに及ぶ線路が敷設されました。

 戦争で、製糖工場もろとも破壊されましたが、1950年に大東糖業という会社が設立され、廃墟となった大日本製糖の工場施設を再整備し、1951年3月に南大東事業所として操業を開始、併せて、シュガートレインを復旧させ、ディーゼル機関車を導入して、鉄路によるサトウキビ輸送が再開されました。


 
 廃止されたのは、1983年。国鉄がJRになるちょっと前の時代です。
 那覇市にあった沖縄県営鉄道が、戦争で破壊され二度と復活しなかったことを考えれば、絶海の孤島、それも外周20㎞あまりの小さな島に、再び鉄路が甦ったのは奇跡的だと思います。


 今も、南大東島内に静態保存されているディーゼル機関車。


 こちらは、2004年に撮ったもの。同じものですが、劣化が進んでいることがよく分かります。


 保存されているのは、ディーゼル機関車8号機です。こちらは、現役当時の勇姿です。
(同引用)


 客車です。メインはサトウキビの輸送ですが、わずかながら旅客輸送もしていたようです。機関車に比べると状態がいいのは、復元車だから。



 廃線跡を巡ってみました。
 島で配布されている観光マップに、線路跡が何箇所か表示されていたので、それを頼りに自転車で辿ってみました。

 いずれも、道路脇の行きやすい場所ですが、サトウキビ畑の中にも、まだまだ遺構が残っていそうな感じがしました。


 もし今、ここをガタガタ音をたてながら、貨物列車が通過していたら、こんな絶海の孤島でも鉄道マニアが大勢カメラを構えたことでしょうね。


 西港に続く西線。左方向が海ですが、防風林に守られて線路が敷かれていました。
(同引用)

 今は、遊歩道になっています。


 国の一括交付金を利用して、観光鉄道として復活させる計画がありましたが、さすがに採算度外視というわけにはいかず、頓挫したようです。



 廃車され、放置されたままのディーゼル機関車。2004年に撮ったものですが、今は撤去されています。 


 日本は広い。と言う前に、沖縄は広い!

 行き慣れた宮古・八重山と同じ沖縄の離島。暑いし、ハイビスカスも咲いているし、オリオンビールも普通に売っている。
 でも、南大東島は、自分にとってワンダーランドでした。

2016年5月5日木曜日

蝶が乱舞する4月の宮古島



 「蝶が乱舞する5月の宮古島」という記事を2年前に書いたのですが、


 http://miyakoyaeyama.blogspot.jp/2014/05/blog-post_17.html


 今年も、4月末頃、晴天ではない微妙な天気の日に、宮古島では蝶が乱舞していました。
 それで、2年前の続編です。「蝶が乱舞する4月の宮古島」 


 つまり、GW前後のこの時期、晴れでもない、雨でもない天気の時に、宮古島では蝶が大量発生するということが分かりました。



 この花は、イリオモテアザミという花。
 アザミの花は、海沿いの草むらなんかでよく見かけるのですが、アザミってあまり沖縄らしくないし、なんて思っていたのですが、先島諸島の一部と尖閣諸島にしか咲かない種類だと知って、急に有り難みが・・・。笑


 蝶は、サシグサという、野菊みたいなキク科の花が一番好きみたいです。でも、花が小さいし、地味なもんであまり絵にならないんですよね。

 ハイビスカスなんかに群がってくれれば、カメラマン的にはとても嬉しいのですが。
 


 話が脱線しますが、蝶を追っかけていたら、凄い蜘蛛の巣発見。(クモ嫌いな人ゴメンナサイ。)
 下の方、アルファベットみたい。暗号!?

 宮古島に秘密裏に存在する某諜報機関から、クモ型特殊通信機を使って隊員に秘密指令。「コ ン ヤ オ ト ー リ マ ワ ス」


 こちらも脱線ですが、グラジオラスの花とテントウ虫。


 今回、宮古島滞在中の天気は、雨か曇り。帰る日の午前中に、ちょっと薄日が差したので、蝶にターゲットを絞って写真を撮りました。
 一眼レフカメラに、今年買った準マクロ機能付き望遠ズームを装着して、それこそ蝶ばかりを撮りまくったのですが、宮古で知り合った人が、スマホで綺麗に撮った蝶の写真をFacebookにアップしていて、ちょっとショック。
 




 晴れてコーラルブルーに輝く海を背景にハイビスカスが咲き、そこにアゲハチョウが飛んでいたら、最高に絵になるのですが、なかなかそう上手くはいきません。





2016年5月1日日曜日

ここ本当に沖縄!? びっくりぽんな南大東島大東神社



 池には蓮の花が咲き、木漏れ日の中でカキツバタが咲き乱れる。
 初夏の装いを漂わせるここは・・・

 あの~ ここ沖縄なんですけどぉ~

 
 ここは、那覇の東南東約400㎞の所にある、沖縄県の南大東島。

 百年ちょっと前、無人島だったこの島に入植したのは、東京の八丈島の住人と、沖縄の住人。なので、南大東島には、八丈島の文化と沖縄の文化が融合しています。
 というところまでは、理屈で分かるのだけれども、インド原産の蓮はともかく、沖縄でも、カキツバタがちゃんと季節に咲くというのは、びっくりぽんや。
 
 びっくりぽんの番組は、終わっちゃいましたけどね。


 この池があるのは、大東神社の境内です。本格的な神社です。


 手水舎もありました。


 大東神社は、天照大神が御祭神。


 豊年祭では、神前で、江戸相撲と沖縄角力が奉納されます。
 角力は、相撲に似た格闘技ですが、お互い組んでから技を掛け合うので、張り手や突っ張りという技がありません。



 南大東島には、ほかにも神社があります。
 島の西側の、西港のそばにあるのは金比羅神社。おなじみの香川県の金比羅神宮が総本社の海の神様です。


 東側には、火難除けの秋葉神社。静岡県浜松市が総本社です。


 沖縄の古来の神社は、御獄(うたき・おん)と呼ばれるものですが、南大東島には、御獄はなく、沖縄には本来いない神様が祭られています。



 南北大東島は、かなり特異な歴史を歩んできました。

 1900年に八丈島からの開拓団により、入植が始まり、サトウキビの生産と製糖事業が行われるようになりました。
 労働者として、多くの沖縄出身者が島に渡りましたが、支配層は八丈島出身者だったので、島民同士の対立も激しかったとされています。

 戦前の南北大東島は、大日本製糖という会社の完全支配地で、どこの市町村にも属していませんでした。沖縄県ですらありません。
 学校や郵便局もすべて島有。通貨も大東紙幣という独自の通貨が使われていました。住民が沖縄に行く場合、日本円に両替しなければならず、そのことがネックとなって、島抜けが極めて困難だったと言われています。

 終戦後のアメリカ統治下において、はじめて「村」になったのです。




 「さとうきびは島を守り島は国土を守る」
 製糖工場の煙突に書かれていました。在所という島一番の集落にそびえ立ちます。

 「びっくりぽん」な光景も、この煙突の標語も、島の歴史を知ってから見ると、何とも重くて意味深です。