2016年5月1日日曜日
ここ本当に沖縄!? びっくりぽんな南大東島大東神社
池には蓮の花が咲き、木漏れ日の中でカキツバタが咲き乱れる。
初夏の装いを漂わせるここは・・・
あの~ ここ沖縄なんですけどぉ~
ここは、那覇の東南東約400㎞の所にある、沖縄県の南大東島。
百年ちょっと前、無人島だったこの島に入植したのは、東京の八丈島の住人と、沖縄の住人。なので、南大東島には、八丈島の文化と沖縄の文化が融合しています。
というところまでは、理屈で分かるのだけれども、インド原産の蓮はともかく、沖縄でも、カキツバタがちゃんと季節に咲くというのは、びっくりぽんや。
びっくりぽんの番組は、終わっちゃいましたけどね。
この池があるのは、大東神社の境内です。本格的な神社です。
手水舎もありました。
大東神社は、天照大神が御祭神。
豊年祭では、神前で、江戸相撲と沖縄角力が奉納されます。
角力は、相撲に似た格闘技ですが、お互い組んでから技を掛け合うので、張り手や突っ張りという技がありません。
南大東島には、ほかにも神社があります。
島の西側の、西港のそばにあるのは金比羅神社。おなじみの香川県の金比羅神宮が総本社の海の神様です。
東側には、火難除けの秋葉神社。静岡県浜松市が総本社です。
沖縄の古来の神社は、御獄(うたき・おん)と呼ばれるものですが、南大東島には、御獄はなく、沖縄には本来いない神様が祭られています。
南北大東島は、かなり特異な歴史を歩んできました。
1900年に八丈島からの開拓団により、入植が始まり、サトウキビの生産と製糖事業が行われるようになりました。
労働者として、多くの沖縄出身者が島に渡りましたが、支配層は八丈島出身者だったので、島民同士の対立も激しかったとされています。
戦前の南北大東島は、大日本製糖という会社の完全支配地で、どこの市町村にも属していませんでした。沖縄県ですらありません。
学校や郵便局もすべて島有。通貨も大東紙幣という独自の通貨が使われていました。住民が沖縄に行く場合、日本円に両替しなければならず、そのことがネックとなって、島抜けが極めて困難だったと言われています。
終戦後のアメリカ統治下において、はじめて「村」になったのです。
「さとうきびは島を守り島は国土を守る」
製糖工場の煙突に書かれていました。在所という島一番の集落にそびえ立ちます。
「びっくりぽん」な光景も、この煙突の標語も、島の歴史を知ってから見ると、何とも重くて意味深です。
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