地味ながらも、全国紙で報じられた裁判です。宮古島市にとってはちょっと頭の痛いことになりそうです。
主文
原判決を破棄する。
本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
何が起こったのか
2018年(平成30年)の4月27日から5月1日の未明まで、伊良部島の南部で断水が発生しました。
給水車が出動する騒ぎとなったのですが、よりによってゴールデンウィーク期間中の断水なので、伊良部島のホテルは大慌て。
宿泊客を、断水していない宮古島のホテルに移すなど、対応に追われました。
その分の損害の賠償を求めて、ホテル事業者2社が、宮古島市を相手取り訴訟を起こしました。
訴えられた宮古島市は、「断水は、配水池内の装置の損傷によるもので、このような場合、市の条例により免責される。」と主張しました。
第一審の那覇地裁、第二審の福岡高裁(那覇支部)は、市の主張を認めましたが、原告は、「そんな勝手な条例は、許されない。」と最高裁に上告したところ。最高裁はこれを認め、福岡高裁に裁判を差し戻したのです。
もう少し丁寧にみていきましょう。
何が問題なのか
水道法という法律があります。
水道は、人の生活に欠かせないものですから、水道事業者は、希望する者に必ず水道水を供給しなければならないとしています。
例外は、災害その他正当な事由がある場合に限られます。
水道法
第15条第2項 水道事業者は、当該水道により給水を受ける者に対し、常時水を供給しなければならない。ただし、(中略)災害その他正当な理由があつてやむを得ない場合には、給水区域の全部又は一部につきその間給水を停止することができる。
一方、水道事業者である宮古島市は、条例で、給水義務の例外に「水道施設の損傷」を加えました。そして、その場合、給水できなくても責任を負わないとしたのです。
宮古島市水道事業給水条例第16条 給水は、非常災害、水道施設の損傷、公益上その他やむを得ない事情 及び法令又はこの条例の規定による場合のほか、制限又は停止することはない。2 (略)3 第1項の規定による、給水の制限又は停止のため損害を生ずることがあって も、市はその責めを負わない。
市は、断水は、配水池内の装置の損傷によるもので、市議会が定めた条例が責めを負わないとしているのだから、それに従っただけだと主張しました。
しかし、最高裁は、水道法で給水義務が免除されるのは、災害その他正当事由のある場合のみであり、これは強行規定だとしたのです。
つまり、水道は公共性が高いから、水道法は、水道事業者に給水義務を課し、災害その他正当事由のある場合に限ってそれが免除されると定めている。
その他正当事由とは、災害に匹敵するほどの特別な理由(例えば小雨による渇水など)でなければならず、勝手に条例で「水道施設の損傷」を付け加えるのは許されない。
とまあ、平たく言えばこういうことです。
ただ、水道施設の損傷が災害によるものかも知れないから、もう一度調べ直せ。そうでなければ(例えば施設の老朽化が原因だったら)損害賠償を認めよ。といって高裁に審理のやり直しを命じたのです。
余談ですが
条例というのは、選挙で選ばれた議員で構成される議会によって制定される、自治体独自の立法です。
というのは建前で、実際は、市の職員が原案を作成し、議会はそれを議決するだけです。
しかも、水道のようにどこでもやっている事業であれば、その条例は、他市町村と横並びというのが現実です。
もし、あなたが市の条例の起案(原案作成)担当者だったら、上司から必ず「他市の条例はどうなっているか」と聞かれるはずです。
「○○市はこうです。××市もこうです。だから同じにします。」と説明すれば上司も安心してハンコを押してくれるでしょう。
今回、たまたま宮古島市の水道条例がやり玉に挙がりましたが、他の市町村も、横並びで同じ規定を設けているはずです。
全部は調べていませんが、石垣市と竹富町の水道条例にも、宮古島市の水道条例と同じ規定がありました。
なので、この裁判の行方を、沖縄県各地の、もしかしたら全国の水道事業者が、固唾を呑んで見守っているかも知れませんね。
複雑な背景もありそう
さて、話を伊良部島の断水に戻します。
どうもこの事件は、単純な損害賠償請求事件ではなさそうです。
宮古毎日新聞によれば、
原告側の法人代表の1人は「この問題は前市長時代の問題なので、現在の座喜味一幸市長が水道施設の管理をしっかりとやってくれれば良いとも思っている。最高裁の判決が出て差し戻されたので、今後は平和的な解決に向けてお互いが歩み寄れたら良いとも思っている」と話した。
ということだそうです。
政策的な事業ならばともかく、水道事業が、市長が代わったからといって変更されるということは、普通考えられませんよね。
ということは、普通でない何かがあって、ホテル事業者と前市長との間に確執があったのでしょうか。
「今後は平和的な解決に向けてお互いが歩み寄れたら」という部分は、新市長となら和解に応じてもいいよ、というメッセージでしょう。
この裁判で、原告が請求した損害額は、160万円と170万円の比較的少額です。
貸した金を返せ!みたいな、絶対に勝てる裁判ならば少額でも提訴することはよくありますが、この事件のように、市の条例が法律違反だと争うような難しい裁判だと、時間もかかるし、弁護士費用もかかるので、提訴は二の足を踏むケースが多いと思います。
不満であっても、百数十万円ならば損金処理した方が却って得だという考え方もありそうですが、原告は敢えて訴訟の道を選びました。
このことからも、原告の強い意思を感じます。
断水が起こった直後、伊良部島の商業施設への補償対応を求める陳情が、宮古島市議会に提出されましたが、前市長の与党会派の反対などで採択されませんでした。
そんなことも影響しているのでしょうか。
そもそも宮古島の水道は
宮古島は、隆起珊瑚礁の島で、珊瑚由来の多孔質の琉球石灰岩で出来ています。琉球石灰岩の下には、島尻層という水を透しにくい堅い堆積岩があります。
宮古島に降った雨は、琉球石灰岩の地面にはドンドン浸透しますが、島尻層に達するとそれ以上は浸透せず、海に向かって流れ出します。
そうした湧水地が島には何箇所かありますが、そこに井戸を掘ることで、昔の宮古島の人達は水を得ていました。現代の宮古島水道も、基本的にはこの仕組みと変わっていません。
井戸を掘り、水を集め、それを浄水場に運び水道水としているのです。
石垣島には、川がありダムがあります。ダムがあれば水を一時貯めることが出来ますが、井戸で水を汲み上げている宮古島では、貯水するにしても限界があります。
宮古島市の水道は、石垣市や竹富町、沖縄本島に比べ、雨頼みの傾向が特に強いのです。
宮古島や伊良部島では、ホテル建設ラッシュで、水道の需要も急激に増えています。
大規模な新規ホテルの開発許可に当たって、市は、新たに井戸を掘るよう行政指導をしているそうですが、各部屋毎にプール付き、なんていうゴージャスなホテルも次々オープンしており、小雨で渇水となったら、宮古島市の水道事業は、かなりヤバイことになりそうです。
ちなみに、伊良部島では、伊良部町の時代から、宮古島とは独立して水道事業が行われて来ましたが、伊良部大橋の完成と共に給水管を敷設し、宮古島の水を伊良部島に送ることで、水道事業の効率化が図られています。
(宮古島市の上下水道(宮古島市上下水道部)より)
ところで、宮古島には、地下ダムというものがあります。地下の水が貯まっている場所に止水板を打ち込んで水を囲い込み、そこに井戸を掘って効率的に水を吸い上げるというものです。
地下ダムによって得られた水は、農業用水にしか使われません。何故でしょうか。それは、地下ダムが農林水産省の予算で造られたからです。
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